第4話 夏目漱石はご存じですか?

 まさかの初手で見つかると思っていなかったのだが、見つかったのはまさに棚ぼたというべき幸運だった。急いで詩織しおりと共に次のメッセージが書かれたしおりを探し出す。すると今度は最初の章終わりに挟まれており、案外適当に挟んでいるようだった。


「なんて書かれてます?」


「ちょっと待てって」


 なになに、と机の上に置いたしおりを読み上げる。


「今度のは……「見つけてくれて嬉しい。 でも、次のしおりは見つけられるでしょうか。貴方がしおりを見つけられるよう、私は横に真珠貝を置いて星の破片に祈っておきますね」って書かれてる。 ……どういうことだ?」


 思わず首をひねる。

 さっきとは全く趣が異なるしおりだった。


「うーんと、どういうことでしょうか?」


 詩織も俺と同様に首を傾げた。


「何を言いたいんだろうか?」


 むむむ……、と唸りながらしおりを眺める。一応裏側を見てみたが、裏側は白紙で、何も書かれていなかった。見つけてくれて嬉しい……か。ここまでは分かる。だがしかし、その後が問題だ。私は真珠貝を置いて――……以降が何を意味しているのか皆目分からなかった。

 ただ考えられることとしたら。


「これって、最後の一文が次の本を見つけ出すヒントってこと……か?」


「恐らくそうでしょうね」


 真珠貝に……星の破片?

 これを書いた人物は何を思い浮かべてこの文章を書いたのだろうか。お互いに腕を組んで考えるが、一向に答えが見つかるような気がしなかった。何かのヒントであることは間違いないが、何がどうヒントになっているのだろうか。

 窓の外を見ると、夕焼けが薄く空を覆い始めている。


「真珠貝みたいな題名の本ってあるのかな……」


「でも、そうなれば星の破片がどうなるのか……ってなりますよね」

「もしかしたら、真珠貝と星の破片っていう二冊の本にしおりがはさまれているんじゃないか!」


 閃いた気がした俺はそういうと詩織の反応は気にせず本棚を左端から順にみていく。

 先ほどは一冊ずつ本を開いていくローラー作戦だったが、今回は背表紙にかかれている題名だけを注意していけばいいので楽ちんだ。俺も左側からもう一度タイトルと同じ本を探していく。  

 手で追うのはもちろん、指さし確認も行いながらの徹底ぶりである。そして本棚の一列を見終わり、続いては二列目の本棚に差し掛かろうとしたところで、唐突に詩織が声をあげた。


「あー、そう言うことですか。 分かりましたよ」


「えっ?」


 俺は真珠貝と星の破片っていう題名の本を一目散に探していたのだが、どうやら彼女の反応を見る限り、俺の推理は外れていたらしい。


「これって『夢十夜』ですよ、先輩。 夏目漱石の」


「……なんだそれ?」


「えっ――?」


 一瞬の沈黙が部室を覆う。

 あれ、俺また何かやっちゃいました?


「先輩、『夢十夜』をご存じでない?」


「ご存じではないぞ」


「いや、胸を張らないでください」


 詩織にたしなめられて、肩をすくめる。

 だってしょうがないじゃないか。詩織と違って俺は純文学とかそういう系統は全くと言っていいほど手を付けたことがないのだ。国語の授業で出てくる小説とか、何言ってるのか全然分からんし、女の子とハーレム築かないし、おすし。

 そんな俺に、詩織は恐る恐る聞いてきた。


「夏目漱石くらいは知ってますよね?」


「ああ、もちろん。 それくらいは舐めてもらっては困るぞ。 今の千円札の肖像画の人だろ」


「すみません、それ野口英世です。 夏目漱石は一つ前です」


「えっ、そうなの? 母さんがずっと夏目漱石って言ってたけど」


「あれ、間違われやすいんですよ。 色もよく似ているし……って、そんなことはどうでもいいんです。早く、夢十夜を――」


「分かった、探そう」


「いえ、読んでください」


「はえ?」


「はえ、じゃありません。 ちょっとくらいは日本を代表する小説家の小説を読んでください。 日本人として恥ずかしい」


 何かが彼女の琴線に触れたらしく、しおり探しそっちのけで俺は彼女から純文学を読むようにきつく……それはきつく厳命されたのだった。

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