第16話 凶暴な事情
トイレでデミトリィが小用をしていると何人か入って来た。
ピカピカに磨かれた壁面で、彼らが普通の奴ではない事が分かる。肩を怒らせながら歩く様はヤクザのそれであった。
「よお、また逢ったなー」
二番目に入ってきた如何にも兄貴分といった風体のおっさんが話しかけてくる。
「……」
ディミトリは無視をした。返事をしてやる義理など無いからだ。
「返事ぐらいしねえか!」
話しかけてきた男の隣りにいた若そうな短髪が怒鳴ってきた。
無視された事に腹を立てたのであろう。
「チョマテヨ」
「お前は○×タクか!」
妙な調子で返事をしたディミトリに短髪がツッコミを入れてきた。
「向こうが俺に似ているんだからしょうがねえだろ」
デミトリィは振り返らずに答える。
無論、ディミトリの風貌はキム△■とかけ離れているが、そこは大目に見て欲しい。
「……」
それを聞いたおっさんが笑っていた。
だが、連れのお兄さん達には通じなかったようだ。
「おちょくってるのか?」
「ぶっ殺すぞ!」
どうやら『また』相手を怒らせたようだ。
焚き火にガソリンをぶち込むように、相手を激怒させる癖には困ったものである。
「おう、小僧ちょっとツラ貸せや」
「嫌だね」
デミトリィは即答した。
「大体あんたら誰なんだよ」
「俺は神津組の高地だ」
ちょっと分からなかったが直ぐに思い出した。ゲームセンターでディミトリに銃を突き付けた奴だ。
「あんたらの玩具なら返した筈だぜ?」
相手が誰なのか分かったデミトリィは答えた。
鮫洲が預かりものは父親経由で返したと学校で聞いていたのだ。
「ああ、確かに受け取った。 家の親父はお前の事が偉く気に入ったんで一度会いたいんだそうだ」
「へぇ、そうなの……」
ディミトリは気のない返事をした。だが、内心は喜んでいたのだ。
それは殿岡浩一(とのおかこういち)との関係を調べたいと考えていたからだ。
殿岡が反社勢力や警察と関係が深いのは、剣崎から聞いているがどの程度なのかを知りたかったのだ。
相手が招待してくれるのなら乗らない手はない。
「だが、今日は駄目だ」
そう、先ずは沢水の話しを聞かないといけない。
それに丸腰の状態で暴力団事務所に行く気は無かったのが一番の理由だ。
「ふざけんな!」
「大人しく来いって言ってんだろ!」
若い衆が腹を立てたのか掴みかかってきた。
だが、ディミトリはそれを躱してからしゃがむと軽く足払いをした。
先に掴みかかってきた短髪はよろけて壁に顔からぶつかってしまった。
次にデミトリィは立て掛けてあったモップを手に持った。そして、威嚇するようにグルグルと振り回した。
そしてモップを背に回し、空いている左腕を真っ直ぐに伸ばしてきた。
その様子は太極拳の使い手の雰囲気を醸し出している。
(さあ、ここで退け……)
勿論、太極拳など習った事は無い。つまり張ったりをかましてるだけなのだ。
相手が怯まずに向かって来たら、モップを投げ付けて逃走するつもりであった。
「待ってくれ、親父が話しをしたいと言っているだけなんだ……」
高地が降参とでも言うように両手を上げている。
「ああ? 招待の仕方がなってないよな?」
もう一人の若い衆である金髪は盛んにデミトリィと高地の顔を見比べている。小僧の柄を掠うだけとしか聞いていなかったからだ。今の展開が理解出来ないのだろう。
「だから、行くと言ってんだろ?」
「じゃあ大人しくしろや」
「コッチにだって都合ってもんが有るんだよ」
今夜は殿岡の自宅に忍び込むつもりだったのだ。ブラックサティバの売り上げを掻っ払う腹積もりであった。
金にならない場末の弱小ヤクザに構っている暇などないのだ。
「塾に行かないと叱られるんだよ」
そんな薄暗い事情などおくびにも出さずに言い放った。もちろん塾には行っていない。口からでまかせを言っているだけだ。
「へ?」
「え?」
「あ?」
その返答に高地たちは呆気に取られてしまった。
(塾……だと……?)
(コイツは銃振り回したり、ヤクザ相手に大立ち回りしたりするのに…………塾?)
(訳分かんねぇよ……)
そして、自分たちが対峙しているのは、中学生である事を思い出したのだった。
「塾に行かないとばあちゃんが悲しむんだよ」
更に健気な中学生を演じ続けるディミトリ。
「ちっ」
高地が舌打ちをする。デミトリィは肩を竦めただけだ。
「何時なら良いんだ?」
「明後日なら大丈夫……」
「分かった……」
高地たちは大人しく引き下がった。無理をすると警察の介入を招くかも知れないと判断したのだった。
だが、これは高地の判断ミスだ。
何故なら、今のディミトリは武器を持っていない。凶悪で粗暴な小僧を葬る唯一のチャンスを逃してしまったのだ。
(ブラックサテバの金を頂いたらコイツラを始末するか……)
デミトリィは不必要な揉め事を起こし続ける川津組を殲滅する事に決めたのであった。
一方、沢水が部屋で大人しく待っていると部屋のドアがノックされた。
(?)
沢水が何の疑念を持たずドアを開けた。
すると、そこには先程飲み物を持ってきた店員の加藤理子がニマニマとしながら立っていた。
「あ、どうも……」
「差し入れ持ってきたの」
手には揚げ立てポテトの皿を持っていた。空きっ腹をくすぐる匂いが立ち上っている。
「注文してないですよ?」
「んーー、これは私のオ・ゴ・リ」
「あ、ありがとうございます」
沢水はペコリと頭を下げる。
「タダヤスは?」
「お手洗いに行くと……」
「もう何やってんだか……」
間合いの悪さは誰にも負けないディミトリであるなと理子は思った。
「みんなで食べましょう」
そう言うと理子は皿を持って部屋の中に入っていった。
暫くして、川津組の連中を適当に誤魔化したディミトリはカラオケルームに戻ってきた。
すると、何故か理子と沢水が仲良くデュエットしていた。
「もう、女の子を待たせて何してんよ」
妙な展開にディミトリが面食らっていると理子に怒られてしまった。
「いやいや、何で理子がいるのさ……」
ちょっとトイレでヤクザと揉めてましたとは言えないディミトリが質問した。
「差し入れ持ってきてくれたの」
沢水が机の上にあるポテトフライを指さしながら答える。
「大丈夫、ゴマアザラシの縫いぐるみを抱いてじゃないと寝付けない事はバラしてないから……」
「あははは」
「や、やめろー」
どうやらディミトリが居ない間に二人は仲良くなったらしい。
「困ってる女の子を助けるのが男の嗜みってもんでしょ?」
机の上に有った手帳を指さしながらウィンクしてきた。どうやら今回のカラオケデートの理由を聞き出したらしい。
「どう考えてもヤバイ案件だろ」
見てくれは違っても中身は同じ理子に、ディミトリは素直な感想を言った。
どう考えても沢水の父親は何かの隠蔽の為に殺されたのだ。
下手しなくても国家権力相手の喧嘩になる。こちらには分が無い。彼女もそれは分かっているはず。
「そこを何とかするのが腕の見せ所よ」
そこを見透かした理子が事も無げに答えた。
「いやいやいや……」
女の子二入に外堀を埋められつつあると感じているディミトリは最後の抵抗を見せる。
「お願いします……」
沢水が上目遣いで頼んできた。これは理子にレクチャーされたに違いないとディミトリは確信した。
「それとも私が調査した方が良いの?」
裏の世界に足を踏み入れさせたくないディミトリの思惑が分かっている理子が意地悪く質問してきた。
「もう……分かったよ」
涙目の女の子に良い格好したい、男子の心理を突かれたディミトリは調査を承諾したのであった。
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