第15話 亡者の言霊

 デミトリィはラウンドニャンに到着した。

 沢水沙良は先に到着していたようだ。デミトリィを見つけると手招きしている。


「やあ、カラオケにでも入るの?」


 そんな挨拶をしながら沢水の所にやって来る。これまで自分を待つ相手は強面のおっさんばかりだった。そんな彼からすれば、女の子と待ち合わせるなど貴重な時間だ。


「ええ、誰にも聞かれたくないから……」


 何故かニコニコしているデミトリィとは対称的に、沢水は暗い表情を浮かべている。


「了解」


 深刻な相談なのかも知れないとデミトリィは思った。

 受付に行くと知らない女性店員が居た。加藤理子だったらどうしようかと考えていたが杞憂であったようだ。


(まあ、あんな事が有ったんだから、暫くは大人しくしているかもな……)


 受付を済ませると飲み物を聞いてきた。


「お飲み物はどうしますか?」

「自分はウーロン茶」


 本当はコーラが良かった。だが、何か有った場合に、直ぐに動けないと困るのでウーロン茶にしたのだ。コーラ等の炭酸飲料系は、動こうとするとゲップが出てきて困るのだ。


「私もウーロン茶で」


 受付で言われた部屋に入った二人。


「で、学校で出来ない相談って何?」


 早速ディミトリは沢水に質問をした。


「うん、実は……」


 沢水の父親が書斎替わりに使っていた納戸がある。家族が立ち入ると怒られたりしたらしい。

 父親の死後に彼女は部屋の中に入り、椅子に座って静かに見回していた。

 何かヒントが欲しかったのだ。


 この部屋も警察関係者がやってきて隅々まで調べていった。だが、何も見つけられずに帰って行った。

 プロが探したのだから何も残ってなどいないはずだった。


(在るわけないか……)


 沢水は諦め掛けて立ち上がろうとした。すると、立ちくらみがしてひざを突いてしまった。夜に上手く眠れないのだ。


「ん?」


 机の引き出しに違和感があるのに気が付いた。


「……」


 机の下を覗き込んだ時に、底板が材質が違って見えたのだ。


「?」


 小さな穴が一つあり、爪楊枝を差し込んで押すと底板が外れた。

 引き出しは二重底になっていたのだ。きっと、何か有った時用に作っていたのかも知れなかった。


(何、コレ?)


 中には手帳が一冊だけあった。

 手帳には略語だらけで良く分からなかったが、中にはガサ不発とだけ書かれていたページがあった。


『三人は拘束されていた』

『強盗?』

『覆面の男が襲撃(逃走中)』

『目的のブツは無し』

『公安警察の事案』


 などなど、列挙されていた。

 そして、『高梨』と書かれて電話番号もあった。


 気になったのは書かれていた日付だ。父親が殺される一ヶ月前だ。

 警察に届けようかと考えたが止めにした。


(きっと、誤魔化される)


 家に来た警察関係者は父親を何かの容疑者のように扱っている印象があったのだ。

 この時点では証拠品盗難の件は家族には知らされていない。

 警察署内で証拠品の窃盗事件が有り、父親が第一容疑者となっているのを知ったのは新聞報道があってからだ。


 そこまでを一気に話すと件の手帳をディミトリに渡してきた。


「それでメモを見て欲しいの……」


 沢水が一冊のメモ帳をディミトリに手渡して来た。

 そこには盗難があったとされる日の行動を後から書いたと思われた。

 対象者DはMと接触と書かれていた。


「意味が分からん……」


 ざっとページを読んだディミトリの感想だ。まあ、誰でもそうであろう。


『Kは所在不明』

『Tと渋谷で打ち合わせ』


 とも書かれていた。


「このTって人が鍵を握っていると思うの……」


 沢水は文字を指差して言った。


「それを警察に言ったの?」


 デミトリィは金の匂いがしなさそうだなと考え始めていた。


「警察署内で何か起きているのなら警察なんか信用出来ない」


 父親は謹慎中であるにもかかわらず出掛けて薬物乱用で死んでしまった。


「父は誰かに謀殺されたんじゃないかと思うわ……」


 誰かが父親に罪をなすりつけている考えていたのだった。


「うん、そうだよね……」


 ここでディミトリはある事に気が付いた。

 ガサ入れの日付や被疑者は三人で全員縛られていた。そして、謎の『ブツ』と称される物が見つからなかった事。


(うーん……アイツラを襲撃した時の状況まんまじゃねぇか……)


 アイツラとは老人相手の詐欺グループの連中だ。人の良い祖母を騙そうとした奴らを懲らしめてやったのだ。

 何と沢水は図らずも逃走した襲撃犯に相談をしているのだ。

 そして、謎の『ブツ』も心当たりがあった。十中八九偽札の事であろう。


「それで相談って何なの?」


 そんな考えをオクビにも出さずにシレッとした顔で沢水に聞いた。


「うん……」


 沢水は父親の手帳に有った『高梨』に連絡してみたかった。だが、女では何かと不利だ。


「若森くんに探って来て欲しいの……」

「探るって沢水のお父さんを殺った奴を探せって事?」


 沢水はコクンと頷く。


「それは無理ってもんだろ」


 表向きは平凡な中学生のふりをしている。何故、沢水が自分に相談を持ちかけているのかが分からなかった。


(どう考えても口封じだよなあ)


 関係者と思われる男に逢った後で不審死など、どう考えても口封じが行われた可能性が高い。


(しかも、相手は警察に顔が利くか警察そのものの可能があるしなあ)


 警察関係者が絡んでいるのなら自分では無く剣崎のおっさんの領域だ。

 背後を探ろうにも電話番号しか分からないのであれば、ディミトリの手に余る問題であった。


(危険が危なくてデンジャラスてんこ盛りだよなあ)


 正義を行う者に敬意は払うが、自分がやろうとの考えは無かった。そして何より金にならない。

 ディミトリとしては関わり合いになりたくなかった。


「でも、警察の車に盗聴器を仕掛けたりしてたじゃない」


 ここで沢水が突拍子もない事を言いだした。


「うぇ?」

「コンビニでやっていたでしょ?」

「見てたの?」


 最初は何の事なのか分からなかったがコンビニのキーワードで思い出したようだ。

 誰にも見られていないと思い込んでいたが違ったようである。


「うん……」


 どうやら沢水にはディミトリの事が腕利きの探偵にみえているらしかった。何故、警察の車に盗聴器を仕掛ける必要があったのかまでは考えが及ばなかったらしい。


(さて、どうやって誤魔化そうか……)


 ディミトリは思案顔になってしまった。


 その時コンコンとドアがノックされた。注文した物が届いたのだろう。


「は-い」


 デミトリィがドアを開けると、店員さんが御盆に飲み物を載せて立っていた。


「えっ?」


 だが、デミトリィは店員さんを見て動揺してしまった。


「あら、久しぶり」


 カラオケルームに飲み物を運んできたのは加藤理子であったのだ。


「ちょ、ちょっと待って」


 思ってもいなかった出会いにデミトリィは動揺してしまった。そして、入り口付近で飲み物を受け取ろうとした。

 だが、慌てた様子に何かを察した理子は構わずにズカズカと部屋の中に入って来た。


「あらあ~」


 部屋の中にはデミトリィの他に沢水沙良も居た。沢水がペコリと頭を下げる。

 理子はデミトリィが慌てた理由が分かった気がしたのだった。


「ちっ」


 デミトリィは思わず舌打ちをしてしまった。

 受付に居なかったので、休みかバイト先を変えたかだと勘違いをしていたのだった。


「あらあら、デートなのお~?」


 理子は満面に笑みを浮かべてデミトリィに聞いた。


「いやいやいやいや、そう言うじゃないから」


 デミトリィは消えそうな声で答えた。中身が自分だとはいえ外見は綺麗なお姉さんだ。何となく苦手なのだ。


「はいはい、分かってますよー」


 理子はニマニマとしながら飲み物をテーブルに置いている。

 まるで息子が家に女の子を呼んだ時に見せる母親のような反応だ。


「学校のお友達?」

「はい、同じクラスなんです」


 沢水はそつなく答える。


(誰なんだろう?)


 沢水は少し不思議に感じていた。


「の、飲み物置いたらサッサといけよ」


 デミトリィが珍しくワタワタしている。

 いくら厳しい訓練を受けた兵士とはいえ、こういった事態の対処方までは教わっていない。


「そうなんだー」

「はい」

「タダヤスは学校でちゃんと勉強してる?」

「はい、真面目に勉強しています」


 理子は焦っているデミトリィを無視して彼女に質問をしていた。それに沢水も大人しく答えていた。


(あの、若森くんが何故か焦っている)


 沢水は姉弟なのかなと感じている。それなら焦る気持ちも理解できる気がするのだ。

 男の子は異性と一緒にいる所を、身内に見られるのは恥ずかしくなるものらしい。


「そう、この子が悪戯するようなら言ってね?」


 理子が沢水にニッコリと微笑んだ。


「はい」


 勿論、沢水もニッコリと微笑み返した。


「も、も、も、もう良いだろう?」


 デミトリィは理子の背中を押しながら部屋から追い出した。


「はいはいはいはい」


 理子はそう返事しながら、ディミトリに背中を押されて出て行った。

 そんな、様子を見ながら沢水はクスクスと笑っていた。中々、珍しい光景を見る事が出来たからだ。


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