第17話 お宝の在処

 カラオケを終えたディミトリは自転車で殿岡の家に向かった。


「まずは宿題を片付けないとね……」


 ブラックサティバは売上を匿名性の強い仮想通貨の取引所に秘匿している。そこにアクセスする唯一の方法は仮想通貨取引用アプリが入っているノートパソコンだ。それを戴くために向かったのだ。


(さて、娘はまだ入院しているはず……)


 以前に忍び込んだ殿岡の自宅に忍び込むのは容易だ。事前にある程度は下調べはしてある。


(親父は滅多に帰ってこないし、母親は海外旅行中だったよな……)


 まず、玄関ドアに張り付いてリバースドアスコープで室内を確認した。リバースドアスコープと言っても特殊なものではない。

 単眼鏡を利用しているのだ。


 ドアに付いている覗き穴(ドアスコープ)は、室内から訪問者を確認出来るように出来ている。ドアの外が広角で見えるように調整されているのだ。

 そのレンズの作りとして通常は外から中を見ることはできない。

 しかし、似たような構造のレンズを逆向きに重ねて設置すると、屈折が元に戻ってただのガラスを通して見たような状態になってしまう。ディミトリは単眼鏡を使用することでレンズの効果を無効化し外から室内を見えるようにしているのだ。

 

 同じレンズを逆向きに重ねると、光の屈折が元に戻り中が見渡せるようになる。

 もし、自分の部屋を外から覗きたい場合は、自分の部屋についてるドアスコープと同じサイズと規格のものを用意して逆向きに使えば良いだけだ。

 ただ、倍率や広角度合いがズレていると見えない単眼鏡を利用する。

 単眼鏡であれば倍率調整とピント調整が出来るので、ドアスコープのレンズに合わせて見えるように調整が出来るのだ。

 このやり方は、昔に悪さをして警察に捕まった時、留置場で窃盗犯から聞いたやり方であった。


「……」


 部屋の中に人影が無いのを確認したディミトリはピンシリンダー錠と呼ばれている鍵を解錠した。

 普通なら専門道具が必要なのだが、道具はニャマゾン通販で売っていたのだ。


(すげえ時代になったよなあ……)


 部屋の扉をそっと開け中の様子を窺う。やはり、人の気配は無い。

 ディミトリは靴の上から直接靴下を被せて室内に侵入した。これはゲソ痕と呼ばれる靴跡を残さないようにする為だ。


 そのまま二階に上がり殿岡睦美(とのおかむつみ)の部屋に入った。

 何日も人が出入りしてないのか薄っすらと埃が積もっている。


「…………あれっ?」


 思いかけずに声が出てしまった。

 娘の部屋にノートパソコンは無かったのだ。


(入院先に持って行ったのか?)


 以前に忍び込んだ時には机の上に有ったから、置きっ放しだと単純に考えていたのだ。


(暇つぶしならスマートフォンで足りるよな……)


 薬物の取り引きを行える状態では無い筈なのに不思議に思っていた。


(んーーー、警察が証拠として押さえてしまったかな……)


 ニュースなどで取り上げられた形跡がなかったので、てっきり揉み消されたと考えていたのだ。

 それに剣崎が確保しているとは考えにくかった。彼らはブラックサティバの売上金には関心が無いようであったからだ。

 そんな事をしていると主が帰って来たらしい。物音が玄関の方から聞こえてきた。


「ちっ……」


 ディミトリはクローゼットの中に隠れた。隙を見て家を出るつもりだ。

 彼が隠れていると誰かが部屋の中に入ってきて、書類をいじる音や机の引き出しを開ける音が聞こえてきた。

 何かを探しているのだ。


(あれれ、ここに隠れていると拙いかもしれん……)


 何かを探しているのなら、当然クローゼットも見るの推測が出来る。

 ディミトリは焦ってしまった。


「何にもねぇじゃねぇか……」


 すると、男は電話を掛け始めたようであった。


「あー、お前のノートパソコン借りてるんだが、パスワードが分かんないんだわ……」


 電話のかけ方から察するに殿岡睦美の父親であるらしい。中々に横柄な口ぶりであった。


「どっかにメモしてない?」


 パソコンの電源を入れるとOSのパスワード入力を促す画面が表示される。その事を言っているらしい。

 そこを突破しないとパソコン自体使えない。

 普通の人は忘れないように簡単なパスワードを設定するものだが、殿岡娘は違っていたらしい。まあ、違法な金の行方を握っているパソコンなので当然と言えば当然だ。


「……」

「いや、直ぐに返すから……」

「……」

「帰りに病院に寄って渡せば良いんだろ?」


 殿岡父はそんな事は知らないで持ち出したようだ。


「あごだし?」

「……」

「あごだしをアルファベットで入れれば良いんだな?」

「……」


 誰も聞いていないと思ったのか大声でパスワードを復唱していた。


(おお、そうなのか……)


 ディミトリはクローゼットの中でほくそ笑んでいた。


(これは有難い……)


 あの画面の突破をどうしようか考えていたのだ。パソコンは使えるがパスワードの突破とかはやったことが無い。そういう事は専門家がやると思っているのだ。


「何であごだしなんだ?」


 殿岡父は電話を切った後で、そんな事を呟いていた。


(あごだしというのは美味しいのだろうか…………)


 出汁と言っているのだから、鰹出汁みたいなものだろうと彼は推測した。


(今度、ばあちゃんに頼んでみよう……)


 ディミトリは心の中で誓っていた。


 肝心のノートパソコンは、彼の話だと別荘に在るらしい。


(なら、次に別荘の場所を特定しなくちゃならないな……)


 帰り際に車庫を覗くと黒い高級外車が停めてあった。間違いなく殿岡父のものであろう。

 試しに助手席側のドアを引くと開いた。鍵を掛けるのを忘れているらしい。


(もしくは直ぐに出かけるつもりだったかだな……)


 ディミトリは車に追跡用のGPS装置を仕込む事にした。

 勿論、軍や警察が使う本格的な奴ではなくて、位置通知機能を内蔵したスマートフォンだ。


 それを後部座席の隙間に挟み込んだ。道具が無ければ知恵を使う。戦場で生き残る秘訣だ。


「まあ、後は家でじっくりと待つことにしようかね……」


 一旦、自宅に戻り車の行き先を監視する事にした。どちらにしろ直ぐに帰宅するつもりだったので長居は出来ない相談だ。

 そして、帰りがけにスーパーに寄り道してあご出汁の素を買うのを忘れない。


(よし、これを使ってばあちゃんにうどんを作ってもらおう)


 祖母はうどんの麺を自作する。学校から帰った時に台所でうどんをこねているのを見かけたのだ。

 夕飯を済ませて自分の部屋に戻りパソコンを立ち上げる。追跡装置の行方を表示させると車は海辺にある別荘らしき場所に到着していた。

 恐らく避暑かお姉さんとのイチャイチャ用なのだろう。ディミトリは後の方だと考えた。


(ここなら電車で行けるか……)


 まるでピクニックに出掛けるかの様に、事も無げに出掛けて行った。

 勿論、銃はリュックの中に忍ばせてある。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る