第13話 スタンガンウォッチ
府前市第四中学校。
朝、学校に行くと鮫洲の方から話しかけてきた。
「おはよう」
「やあ、おはよう」
「物は返しておいたよ」
物というのはゲームセンターで取り上げた銃の事だ。相手の方にも返してくれたのだそうだ。
「ああ、助かる……」
何か色々と聞かれたらしいが、自分を庇ってくれたのだと言い張ったそうだ。
納得したかどうかは不明だが、その後の拉致未遂の件は黙っていたそうだ。
「親父がお前に会いたがっていたよ」
「今日は無理だけど後で挨拶に伺うよ」
物騒な意味では無い。この手の組織は面子を重んじるのは古今東西共通だ。
下手な事をして付き纏われるのを避けるために、『ゴメンサイ』と詫びを入れておくのが上手な生き方だとディミトリは知っている。
「ああ、父さんに伝えておくよ」
「頼む」
鮫洲が自分の席に戻るのと入れ替わりに沢水沙良が話しかけてくる。中々に忙しい。
「今日、学校が終わったら『ラウンドニャン』に来てね?」
「分かった」
『ラウンドニャン』とは複合商業施設にあるカラオケなどがある遊技センターだ。先日のゲームセンターもそこに有る。
何故、そこに呼び出されるのか不明だが、とりあえず行く事にしたらしい。
(加藤理子はまだバイトやっているのかな?)
『ラウンドニャン』と聞いて思い出したのが理子の事であった。あの事件の後は特に連絡などは取っていなかった。彼女から連絡が来ることも無かった。
(そのうち様子でも見に行くか……)
そんな事を考えながらトイレに行った。
「よお、転校生」
トイレに入ると因縁を付けに来る奴がいた。人数は三人。
「ん?」
ディミトリは怪訝な顔をした。何の脈絡もなしにいきなり自分の考えを遮ったからだ。
「挨拶ぐらいちゃんとしろや」
「誰?」
どうやらクラスメートで有るらしいが誰だか分からない。ディミトリは直ぐにでも外国へ行くつもりだったので覚える気が無かったのだ。
トイレにはオドオドした奴が居て、何故か床に座らされている。何かの話し合いの最中だったのかも知れない。
「ションベンするのに何の挨拶が必要だって言うんだ?」
「あ?」
声を掛けて来た奴の顔が歪んでいく、怒らせてしまったらしい。
ほんの一言二言で相手を怒らせるのはディミトリの得意とするとこであった。
「顔にかけて欲しいのか?」
特殊な性癖の持ち主かもしれないと思ったディミトリが尋ねてあげた。彼は余計なところで親切なのだ。
「……舐めているのか?」
「男を舐める性癖はねぇよ」
ディミトリはデカパイのお姉ちゃんが好きなのだ。むっさい男では無い。
「……」
「……」
「ちょっとツラ貸せ……」
オドオドしていた奴はそそくさと逃げ出していた。
(注意が自分から逸れたから逃げ出すか……)
いじめられっ子が逃げていくの横目で見ていた。
(中々良い判断だなってっオーイ)
まあ、手助けを期待していた訳では無いが、どっちも五十歩百歩だなと呆れているのも事実だ。
(まあ、良いか……)
ディミトリは連れて行かれる間に左の時計を外して右手の拳に巻きつけた。
殴った瞬間にスタンガンウォッチの電撃が出るようにするためだ。
(スタンガンウォッチを試す良いチャンスだ……)
いつもの様に前後左右を挟まれて体育館の裏に連れて行かれる。
元々、相手が困った表情を見て楽しんでいるような連中だ。碌な物じゃない。
遠慮なくぶちのめせるとほくそ笑んでいた。
(それにしても……なんかデジャヴ?)
前の学校でもそうだったが、訳の分からない因縁を付けて来るのが必ず湧いて出て来る。
きっと、日本の学校においては、転校生への挨拶代わりの風習なのだと思い始めている所だった。
体育館の裏に到着すると、ディミトリは自分が来ている服の袖を匂いを嗅いだ。
「あ?」
「何してんだオマエ?」
ディミトリの行動に疑問を持った連中が聞いてきた。
「ん…… お前らみたいなコバエが寄って来るから、変な匂いでも付いてるのかと思ってな……」
「!」
「コイツ……」
残念な脳みそのコイツラでも馬鹿にされていると理解出来たらしい。顔を真っ赤にして殴りかかってきた。
「ザッケンナ!」
「オラー!」
「殺っちまえ!」
そう、何やら色々と叫んでいる。
ディミトリは最初に殴りかかってきた奴を躱して、後ろに突っ立ている奴の懐に入り顎を下から拳で撃ち抜いた。
電撃が出たらしい。身体がビクンとして膝から崩れ落ちた。
そのまま左足を軸にして隣に居た奴の足払いをする。彼は転校生の思わぬ攻撃に尻もちを付いてしまった。
続けて電撃を出さなかったのは、充電に少し時間が必要な為だ。
「野郎!」
最初に殴りかかってきた奴が叫びながら殴りかかってくる。腕を大きく引いている所を見ると喧嘩に慣れていないようだ。
振り返ったディミトリは相手の側頭部をぶん殴った。
今度は電撃が出たらしい。彼もビクンとした後でそのまま倒れた。
「ええ……」
二番目に尻もちを付いた相手が困惑の声を出した。三人相手だから楽勝だと思っていたのだろう。
ところが、三人相手に瞬殺をかました転校生だ。戸惑わないほうがおかしい。
「さ、鮫洲と仲が良いからって図に乗ってるじゃねぇぞ」
彼は苦し紛れに叫んだ。
「鮫洲が何の関係があるんだ?」
いきなりの言い分に、今度はディミトリの方が困惑した。
「……」
相手は下を向いてしまった。頼みの友人二人は倒れ込んだままだ。
多人数だと威勢が良いのに、一人になると急に気弱になるのはありがちであった。
「まだやるのか?」
何も言わないので頭を軽く小突いてあげた。
「…………」
やはり、下を向いたままだ。何とかして主導権を取れないかと色々と考えている最中に違いないとディミトリは思った。
「俺は一向に構わないけど?」
そろそろ充電が終わった頃合いなので、もう一発電撃を試してみたかったのだ。
「スマン……」
何やら小声で呟いている。
「あ?」
「スマン…………」
やはり小声で呟いている。
「お前とは友達でも何でも無いはずだが…… 何、タメぐち叩いてるの?」
ディミトリは相手の顔を覗き込むようにして言った。
「申し訳ありませんでした」
今度は大声で丁寧に謝って来た。
「ふん、まあいいや」
そう言うと立ち上がった。
「転校の度に同じ事されるのは、いい加減面倒くさいんだわ」
確かに体質のように絡まれている。きっと、生来の行いの悪さから来るものであろう。
それでも今のディミトリは機嫌が良かった。スタンガンウォッチが目的通りに機能したからだ。
なので、この辺で勘弁してやることにした。
「二度と俺に構うなよ?」
「……」
相手は無言のまま二度三度と頷いている。
ディミトリは立ち去ったのであった。
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