第12話 身に染み付いた習性

とあるマンションの前。


 拉致犯の車から降りて一ブロック程離れた所まで歩いて来た。ディミトリは不機嫌そうに黙ったままだ。

 一方の鮫洲は心臓の鼓動が早くなったままだ。

 ゲームセンターでヤクザ相手に銃を突きつけながら逃走する度胸も驚愕だった。しかし、拉致しようとする相手を問答無用で銃撃したのはさらに驚かされた。


「なあ、若森……」

「ん?」

「お前、外国語喋っていたけど……」

「ああ、あれは中国語だ」

「へぇ……」

「連中も中国語を喋っていたじゃないか」

「そうなんだ、それは分からなかった」


 鮫洲も何となく中国語かもしれないとは思っていた。

 だが、聞き慣れない言葉をいきなり聞かされても理解が追いつかないものだ。


(何で中国語が喋れるんだよ……)


 戦闘に慣れている事といい、外国語を喋れる事といい、鮫洲の理解の範疇を超えているようであった。


「なあ、携帯電話貸してくれよ」


 今日はナイフを見るだけのつもりだったので、そんなに手持ちが無いディミトリは帰りの足が心配であった。

 何より今日は街なかを呑気に歩くのは不味い気がしていた。襲撃に失敗した連中が簡単に諦めるとは思えない。


(俺だったら再襲撃を絶対にやる)


 そこで田口兄を呼び出して送ってもらおうと考えたのだ。自分の携帯は誘拐犯の懐に忍ばせてある。


「ああ、良いよ」

「ちょっと車を出して貰おう」

「それだったら家の組の者に迎えに越させるよ」

「それは止めてくれ」

「?」

「なあ、拉致されかかった事は親父さんには黙って居てくれないか?」

「え? 良いけど……」


 鮫洲は自分が拉致される寸前だと誤解したままなのだ。そして、抗争に発展する可能性があるので父親に相談するつもりであった。

 なので、ディミトリの申し出は不思議に感じていた。


「面倒事が増えるのは適わない……」


 彼は一刻も早く家に帰り、拉致犯の懐に忍ばせた携帯の行方を突き止めたかったのだ。これは時間との勝負だ。

 拉致うんぬんの話が鮫洲の父親に伝わると、説明などで時間を潰されるのが面倒だったのだ。


「じゃあ、頼むね……」

「ああ……」


 ディミトリは帰りの足を確保するために田口兄に電話をした。

 見慣れない電話番号のせいか中々繋がらない。


「田口の兄貴か?」


 電話が繋がって一言目にディミトリが言った。


『若森くん?』


 相手はディミトリだと直ぐに分かったようだ。


「ああ……」

『電話変えたんですか?』

「ちょっと事情が有って友達の携帯を借りてる」

『どうしたんですか?』

「揉め事に巻き込まれてるだけさ」

『いつもの事ですね』

「ああ、揉め事のほうがすり寄って来やがる」

『ははは、どこに迎えに行けば良いんですか?』

「府前市の○×マイムスクエアってマンション前に居る」

『そこなら十五分くらいで着きます』

「ああ、頼むよ……」


 待っている間に今回の戦利品を確かめた。

 相手の男から奪った銃はベレッタが3丁だった。予備の弾倉も二つある。


 男を撃った方の銃とかっぱらった銃を交換しておいて鮫洲に持たせることにした。これを組のヤツに返させるのだ。

 一度実弾を撃った銃は、手入れをしないと硝煙の残り香でバレてしまう。当然、何故に銃を使ったのかの話になってしまう。

 なので、余計な勘ぐりは面倒なので交換することにした。それに、製造番号まではわからないだろうとも考えたのだ。


「これを返しておいて……」

「ああ、分かったよ」


 鮫洲は大人しく受け取った。

 質問が山のように有るが、ここは黙っている方が得策だと考えたらしい。


 ディミトリが戦利品の検分をしていると田口兄の車がやってきた。中々下品な色合いの車だ。


「あの~そちらの方は?」


 田口兄は見慣れない少年に直ぐに気が付いたようで尋ねて来た。


「友人だ」


 ディミトリはぶっきらぼうに答える。いつものように愛想が欠片も無かった。


「そ、そうですか」

「……」


 お互いに会釈していた。

 片方は金髪でタトゥーだらけの半グレ、もう片方は見るからにオタク風の少年。お互いに妙な組み合わせだと考えているようだ。


「ちょっと寄り道してくれ」

「彼を家まで送り届けて欲しいんだ」

「良いですよ」


 財布の中には運転免許証とクレジットカードが入っていた。これを手掛かりに男の正体を突き止める事が出来るだろう。


(こればっかりは剣崎のおっさんに頼むしか無いかな……)


 免許証から相手の背後を調べるのなら剣崎に頼むのが早い。だが、何故探るのかを説明しなければならない。

 それは面倒臭いなとディミトリは思っていた。


(まあ、それは後で考えよう……)


 鮫洲を家に送ったディミトリは家に帰ってきた。新しい家はマンションの一階に引っ越したのだ。

 自宅に帰ったディミトリは早速仕込んでおいた携帯を追跡する事にした。どうやら車は都内のホテルにあるようだ。


(人目に付かないように地下駐車場でも利用してるのか……)


 少しは頭が回る相手のようだ。


(じゃあ、声でも聞こうかね……)


 ディミトリの携帯には遠隔操作が出来るアプリを仕込んである。それを起動させ通話状態にした。


『怪我した奴はどうした?』

『仲間の医者の所に連れて行った』


 聞こえてきた声は二人分。声は運転手と雇い主であろうとディミトリは推測した。


『死んだ奴は?』

『こちらで焼却処分した』


 怪我したのは相対していた男だろう。そして、死んだのは助手席にいた男だと推測した。


『で、肝心の小僧には逃げられたのか……』

『……』

『銃を持った男が三人も居て、全員やられちまった訳か……』

『…………』

『だらしないな……』

『………………』

『どう、責任をとるつもりだ?』

『小僧が武器を持っていると聞いていなかったぞ?』

『……』

『それにヤツは中国語を話していた』

『…………』

『あいつは引き金を引くのを躊躇しなかった……』

『………………』


 ここで男たちはしばし黙り込んでしまった。自分の知っている情報と相手の実像の違いに戸惑っているのだろう。


『あの小僧は何者だ?』

『君らが知る必要は無い』

『仲間を殺られて黙っていられるか!』

『彼の評価を見直す必要があるな……』

『次はもっと人数を連れて行く』

『ああ、そうしてくれ……』

『そういえば殿岡先生を会いに行くと言ってたぞ?』


 ここである事に気が付いた。


(コイツ…… 日本語が喋れるじゃねぇか……)


 運転手は日本語で喋っている事に気が付いたのだ。折角、拙い中国語で一生懸命喋ったのに無駄であったのだ。


(まあ、いいや…… 殿岡の名前がやはり出たな……)


 これで疑念は確信に変わった。


(今夜にでもお邪魔するか……)


 殿岡の自宅に行って脅してやるつもりであった。それに娘のノートパソコンにも用があった。


『殿岡先生の仕業だと教えたのか?』

『いいや』

『そうか……』

『小僧の情報をもっと寄越せ』

『分かった』


 ドアが閉まる音がした。相手は去ったようだ。


「ふぅーー」


 緊張が解けたのかディミトリが一つため息を付いた。

 褒められているのか貶されているのか良く分からない会話であった。


(やっぱり娘の躾のお礼が言いたいみたいだな……)


 会話を聴きながら自分の腕時計に高圧電流が流れるギミックを仕込んでいた。


(さあ、どうしてくれようか……)


 相手を倒す程の電圧は作れないがショックを起こさせるくらいの威力くらいならある筈だ。少しでも時間を稼ぎたい時には有効であろう。


(ふむ、試してみたいな……)


 出来上がったスタンガンウォッチを眺めながら考えた。しかし、試す相手が居ない。

 だが、自分で自分を攻撃するのは気が引ける。何より痛いのは嫌だった。

 中学生男子の心をくすぐるアイテムにちょっとだけウズウズしている。


(そういやアイツラは明日も構いに来るかな?)


 先日、鮫洲と佐藤を殴り合いをさせて楽しんでいたいじめっ子グループを思い出した。

 反抗出来ない相手にはトコトン意地悪を行い日頃の憂さ晴らしをする。中々の屑な連中でシンパシーを感じたぐらいだ。


(連中で試してみるのも良いかも知れない)


 プライドだけは高い連中なので、他人にチクったりしないのは想像が付く。


(失神するようなら裸に剥いて写メでも撮っておけば後々役にたつかもしれんな……)


 なかなかにクズな事を考えながら、今回図らずも使用した銃の手入れを始めた。

 手入れをするのは匂いを消すというのもあるが、主な目的は煤が固着してしまうのを防ぐ為だ。

 事後の処理を怠ると、いざと言う時に正常に動作しなくなってしまう。

 これは戦闘時において自分の死を意味する。新兵時代から散々やらされていた作業でもあった。


(歯磨きと一緒でやって置かないと落ち着かないんだよなあ……)


 そんな事を考えながらガングリスで、丹念に銃の内部部品を磨いていた。

 身に染み付いた習性は消えないものだなとボンヤリと考えていた。


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