第11話 再襲撃

 商業施設の屋上。


 エレベーターを降り屋上に立った二人は歩きだした。


「車用の通路を使って下りようか」


 鮫洲が提案した。ここに留まっていると警官がやってくる可能性が高いと踏んだのだ。


「ああ……」


 客用のエレベーターと階段は警官が見張っている可能性が高いとディミトリは考えたのだ。


「今頃、父さんたちは警官相手にゴネているだろうしね」


 鮫洲も似たような事を考えていたらしくディミトリの提案に反対しなかった。


「ふふっ」


 何だか想像出来てしまう様である。ディミトリは少しだけ笑ってしまった。


「じゃあ、帰ろうぜ……」


 商業施設から帰ろうと、二人は屋上駐車場から下る車専用通路に向かっていた。すると、行く手を阻む様に白いバンが現れた。


「ん?」


 そして、側面ドアが開き二人の男が素早く降りて来た。しかも目付きが宜しく無い。どう見てもまともな人種では無いのは分かる。


(コイツらって……)


 一見すると日本人に思えるが、どうも中華系の印象を受けた。何より手には銃を持っているからだ。


(ウーン、今度こそ狙いは俺だろうなあ……)


 男は無言のまま、ディミトリに銃を車内に向けて振っている。


(乗れと言ってるんだろうなあ……)


 幸いポケットには銃が入ったままだ。二人を始末するのは造作無い事だ。

 だが、問題はある。

 今、建物の入り口には警察が詰めかけている。その最中に銃声など響かせれば、不味い事態になるのは火を見るより明らかだ。


(このまま乗って人気の無い場所で始末しちまうか、それともこのまま遣っちまうか……)


 駐車場のせいなのか何も無い。辺りには人の気配は無い。注意するのは監視カメラぐらいだ。


(まあ、どっちも楽しめそうだな)


 ディミトリが物騒な事を考えていると、鮫洲が男たちの前に立ちはだかった。


「用事が有るのは俺だろう、彼は関係無い帰してやってくれ」

「え?」

「え?」

「え?」


 だが、車から降りた男たちとディミトリは呆気にとられてしまった。考えもしていなかった申し出であったからだ。


 どうやら鮫洲は、自分が狙われていると勘違いしているらしい。

 いきなり銃を持った男たちが現れたのだ。先程の事と併せて、自分が対象なのだと判断したのだろう。


「…………二人とも乗れ」


 すぐに気を取り直した一人の男が言った。

 鮫洲が何か言い返そうとしたが、銃を構えた男たちに小突かれて車に乗せられた。

 二人は車に乗ると目隠しをされてしまった。誘拐犯が潜伏場所を特定させない方法だ。

 だが、袋の生地が薄いのか、車内の様子が薄っすらと透けて見えている。男の一人はディミトリたちの前の座席に相対して座っている。


(後腐れの無い様に中華系の連中を雇った感じだね)


 彼らは手馴れた様子であった。


『何で二人居る?』


 運転手が話しかけている。


『もう一人は友人らしい』

『何で乗せた?』

『顔と銃を見られた』


 男たちは中国語で話していた。言葉が短めなのでディミトリでも理解出来た。


『目隠しだけで大丈夫か?』


 運転手がディミトリたちが目隠しだけで手足を拘束してないのを気にしていた。


『銃で脅したら大人しく車に乗ってきたろ』

『いや、手足を縛らなくていいのか?』

『先生は脅すだけだと言っていた。人数が増えても問題無い』


 先生と言う単語から政治家の匂いを嗅ぎ取れた。

 彼らはディミトリが中国語が出来るとは思っていないようであった。


(ブラックサテバの関係者かな?)


 ディミトリが対立していた中華系の灰色狼は殲滅した。ロシア系の組織もガタガタにしてやった。後、思い当たるのは麻薬取引の連中だけだった。


(ケツモチの組が有るとは聞いて無いんだがな……)


 犯罪組織を介在させる事が出来る人物だ。それなりに影響力を持っている人物といえば殿岡なのかも知れないとディミトリは考えた。


(そう言えば関係者が俺を探し回っていると剣崎のおっさんが言ってたっけ)

(娘を躾したお礼でもしたいのかな?)


 ディミトリはニヤリとほくそ笑んだ


(三人程度なら今持っている銃で対処可能だよな)


 何よりも、彼らは致命的なミスをしていた。

 人質の身体検査をやらなかったのだ。なので、ディミトリがヤクザから奪取した銃を二挺所持している事に気が付いていなかった。

 もっとも、中学生を拉致するのに、相手が武装しているとは考えにくいのもあった。


(だけど、鮫洲はどうすれば良いんだ?)


 誰かをカバーしながら闘うのは少し苦手な方であった。

 何より、彼は戦闘時に役に立たないのは目に見えている。

 オタク気質のひ弱な中学生男子だ。


(うーん、あんまり俺の事情を知られたくないんだが……)


 今の所、大人しめの中学生をこなしているディミトリとしては、このまま静かに過ごしたかった。


(どちらにしろ……)


 戦うのなら今しかないとディミトリの感が告げている。このまま、この連中のアジトに行っても事態が好転するとは思えない。

 彼らの仲間が居る可能性が高いのは明白だからだ。


(今、殺っちまうか……)


 ディミトリがそう考えていると車が赤信号で停止した。


「ロックンロール(戦闘開始)」


 ディミトリが呟く同時にポケットに手を入れ、そのまま目の前にいる男を銃で撃った。弾は男の腹に命中する。


「ぐっ……」


 男はそう声を出したまま俯いてしまった。


「?」


 助手席の男が驚いたように後部を覗き込んできた。

 ディミトリはポケットから銃を取り出し助手席にいる男を背中から撃った。撃たれた男は弾かれたようにビクンとして椅子に持たれかかち動かなくなった。

 そして、そのまま運転手に銃を突き付けた。


『おまえ どうする!』


 ディミトリが目隠し袋を引き剥がすように取り去り、運転席で固まっている男に中国語で尋ねた。

 林欣妍(リン・シンイェン)との会話が役に立ったようである。


『うたれる 命乞いする いまきめろ!』

『……』


 運転手はハンドルから手を離して、驚愕の表情を浮かべてながら両手を上げていた。

 何より大人しそうだった少年の豹変にビックリしていたのであろう。


「おい、こいつらからポケットの中身を取り出せっ!」


 ディミトリが鮫洲に言った。彼はディミトリの隣で目隠しの袋を被せられているままである。


「な、何が有ったんだ?」


 いきなり銃声がしたのでビックリしているようであった。


「早くっ!」

「ええっ!?」


 鮫洲は目隠しの袋を外して前の座席を見て驚いた。自分たちに銃を向けていた男が俯いているのだ。


「撃ったのかよ……」


 鮫洲はいきなりの展開に身体が膠着してしまっているようだ。


「そうだ」

「……」


 鮫洲は目を見開いて向かいの席の男を見つめている。

 いくらヤクザの息子と言っても荒事に慣れている訳ではない。目の前に撃たれた人間が居て萎縮してしまったようだ。


「しっかりしろ、コイツラの正体を探る必要があるって言ってるんだ」


 時間との勝負だ。通行人に不審に思われて通報される危険があるからだ。だから、急がせた。


「ああぁぁぁぁ…… わかった」


 鮫洲は被せられている袋を取り外して、その袋に男たちの荷物を入れ始めた。

 腰に刺さっていた拳銃と内ポケットの財布や携帯電話などだ。

 ディミトリは自分の携帯を、男の懐に忍ばせるのも忘れないでいた。こうしておけば位置情報を追いかける事が出来る。


「このまま降りるぞ……」

「わ、分かった……」


 後部座席のスライドドアを開けて鮫洲が先に降りた。


『こっち さがし いく おまえ やといぬし つたえる』


 ディミトリは車を降りる際に運転手に伝えた。そして、車を覗き込みながら続けて言った。


『いけ おれ ひきがね かるい』


 車はタイヤを空転させる勢いで発進していった。

 ディミトリと鮫洲は車が走り去るのを眺めていた。


(俺の怪しげな中国語で通じたかな?)


 少し不安であったが、こればかりはしょうがない。


(若森って……)


 いきなりの展開に驚愕はしたが難無く解決した友人を不思議に思っていた。

 彼は今でもどこかの組に拉致される寸前だと誤解したままであった。


(やたら戦いに慣れてね?)


 ディミトリの横顔を鮫洲はチラチラ見ながら考え事をしていた。


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