第10話 手品師

エレベーターの中。


 ディミトリは両手に銃をぶら下げたまま呆けている。極度の緊張から開放されたのだから仕方がない。


「そう言えば、お父さんってヤクザだって言ってたっけ……」


 ディミトリが思い出したように鮫洲に呟いた。

 苛められっ子がヤクザの息子だとは聞いていたが、親の顔までは知らなかったのだ。


「うん、鮫皮組の組長やってる」


 聞かれた鮫洲は事も無げに答えた。


「うへえ~」

「もう、一人の方は神津組の親分だね」


 神津組とは田口兄の件で場末の飲み屋に連れ込まれてBBQ串を突きつけて脅した相手だ。


「ああ、そうなの……」


 その時に飲み屋に詰めていた相手が居たかどうか不明だが、監視カメラの映像を確認されたら面倒になるなとも考えた。


(あの時にはワンの他に三人居たよな……)


 あの手の店には監視カメラが必ず有る。きっと、録画もされているだろう。


「うーむ、拙いな……」


 ディミトリの気持ちがシオシオに萎んでいった。

 自分としては上手く立ち回ってるつもりだったが、そうでも無かったようである。


「ん?」


 鮫洲が不思議そうな顔をした。ディミトリの呟いた意味が分からなかったのだ。


「銃を向けられたんで思わず反応したけど……」


 ディミトリは手に持った銃を見ながら呟いた。右手に有るのはニューナンブ、左手にあるのはベレッタ。どちらも優秀な銃だ。


「ああ、あれは凄かったよー」


 相手が持つ銃をものの一秒程度で奪い取ってしまったのだ。彼からすれば手品を見ている感じであったろう。


「俺は両方の組に喧嘩売っている事に成っちまうな……」


 ディミトリとしては普通の日常を送りたいのだが、トラブルを召喚してしまう体質は治らないようだ。


「あははは、大丈夫だよ」

「なんで?」

「いきなり強面のおっさんに銃を向けられたら、ああなるのは仕方がないさ」


 普通の人は銃を向けられても奪い取ったりはしないものだ。


「俺の親がヤクザだって知ってたろ?」

「ああ……」

「だから、対立相手のヤクザと勘違いしてもしょうが無いさ」


 どうやら、鮫洲はディミトリが自分を庇う為に、相手の銃を奪い取ったと勘違いしているようだ。

 ディミトリとしては、自分自身が何処かの組織に狙われたと思っていたのだ。


「まあ、普通は相手の銃を奪い取ったりしないけどね」


 鮫洲圭佑はそういうとケタケタと笑っていた。


「庇ってくれて、どうもありがとう」

「どう致しまして」


 何故か二人共顔を赤くしてしまった。


「ねえ、それって本物なの?」


 少年二人が友情を育んでいるのに、空気を読まない沢水沙良が不躾な質問をして来た。

 きっと、彼女の性分なのであろう。クラスに一人は居るタイプだ。


「ん?オモチャだよ?」


 ディミトリは事も無げに答えながら銃をポケットにしまった。

 エレベーターに乗り込んだ時にはビックリして目を丸くしていたのに、もう持ち直しているようだ。


「嘘付き……」


 当たっている。

 先程の二人のやり取りを見ていた沢水は、ディミトリの付いた嘘を見破った。まあ、誰でも分かることだ。


「本物なら何だって言うんだ?」

「警察に届けないと駄目じゃない」

「何で?」

「違法行為だからよ」

「だから、何でだ?」

「普通の市民が銃を所持する事が禁止されているからよ」

「これはオモチャだと言ってるだろ?」

「貴方はきっと嘘付きよ」


 当たってる。


(恐らく銃は本物ね……)


 沢水は本能的にディミトリの嘘を嗅ぎ取った。


『今の若い奴らは喧嘩をした事が無いので限度がわからない』

『踏み越えちゃイケナイラインを簡単に越えやがる』


 父親が常々言っていた事だ。それを聞いて育った沢水沙良はここは一旦引く事にした。

 彼はスキップしながらイケナイラインを踏み越えるタイプだと考えたのだ。


「そ、そういう事にしといてあげる」

「ふっ」


 ディミトリはニコリとしながら銃をポケットに仕舞った。


「賢いね」


 ディミトリは男女問わず賢い奴が好きだった。余計な手間と時間を浪費せずに済むからであった。


「ねぇ、黙っていてあげるから、私のお願いを聞いてくれない?」


 ここで沢水はディミトリに協力を頼む切っ掛けになると思いついた。


「どんなお願い?」

「……」


 沢水は鮫洲の方をチラリと見た。内緒の頼みごとになると思うので彼が居ない場所で話したかったのだ。


「金なら無いぞ」

「そんなんじゃないわ」

「じゃあ、何だよ?」

「明日、話すわ」

「あっそ……」


 まあ、人それぞれに事情が在るのだろうとディミトリはそれ以上は聞かなかった。

 もっとも、今のタイミングで複雑な話をされても困ってしまうというのも有る。


「……それにしてもさっきのは凄かったな」


 エレベーター内の空気が微妙な感じになったので話を変えようと話題を降ってみた。

 彼はこういった気遣いの出来る良い子なのだ。


「いやいや、ヨウツベで見てやってみただけだよ」

「あははは、そんなに直ぐ出来るもんだじゃないだろうに」

「昔から器用な方なんだ」

「まあ、そういう事にしとくよ」


 絶対に違うと鮫洲は思ったが、若森は何か事情を抱えている雰囲気が漂っているので、詮索はしないで置こうと考えた。


 やがて、三人を載せたエレベーターは最上階に到着した。


「私はこのまま下に降りるわ」


 ドアが開いたタイミングで沢水が言った。

 沢水は偶々乗っていただけなのだ。誰かに咎められる可能性は無いだろう。


「ああ、その方が良いと思うよ」


 ディミトリたちと一緒の方が、却って立場が悪くなりそうだとの考えもあった。鮫洲も頷いている。


「じゃあね」


 ディミトリと鮫洲はエレベーターから降りて、沢水に手を振って別れを告げた。




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