第9話 意外な一言

エスカレーターの下。


(クソッ!)


 エスカレーターを降りたディミトリは焦っていた。何しろどう見ても堅気に見えない強面の男に銃を向けられたからだ。

 反射的に銃を奪ってみたが、あの場面は回れ右して逃げるべきだったのだ。街なかで銃撃戦するほどの馬鹿では無いと思っていた。


(中華の残党?)


 似たような面相の宜しくない男たちが、ワラワラと湧いてくるのを見て真っ先に考えたことだ。


(また沸いたの?)


 剣崎のおっさんの話では壊滅できたと思っていた。


(大陸から人を呼んだのか、それともチャイカのおっかないお友達?)


 ディミトリの頭の中に様々な疑問が浮かんでは消えていた。唐突過ぎたので考えがまとまらないのだ。


(……)


 とりあえずは自分の安全確保が最優先事項だ。


(だが、直ぐにぶっ放して何人か始末して於くべきだったかも……)


 ちょっとだけ後悔してみせた。銃を撃たなかったのは鮫洲が側に居たからである。

 いつものディミトリであれば先頭の男たちを何人か倒している。

 殺す必要は無い。普通の人間であれば仲間が怪我をしたら介抱するものだ。一人の怪我人が出たら二人か三人は戦闘に参加できなくなる。

 怪我人を出させて相手の戦闘力を削ぐというのも戦う方法である。


(とりあえず、どこかに隠れて背景を調べる必要があるな……)


 いきなり銃を突き付ける相手に思い当たるのは多々ある。何故にこのタイミングで始めるのかが分からなかったのだ。


 走り出すのと同時にディミトリの目にある光景が見えた。

 建物の外に赤いパトロールランプが回転しているのが見えたのだ。


(この忙しい時に警察の相手までしてらんねぇよ)


 きっと、誰かが通報したのであろう。


「ちっ」


 ディミトリは舌打ちしながら立ち止まった。

 このままでは逃げる事が出来ない。何しろ両手に拳銃を持っているからだ。例え善意の第三者であろうと、銃を手に持つと法律違反で逮捕されてしまう。

 以前、戦争に出征した亭主の遺品であった軍用銃を、警察に持って行ったおばあちゃんを逮捕してしまうぐらいだ。

 生半可な言い訳を思い付かない。まあ、逮捕されても剣崎の名前を出せば揉み消せるかも知れない。


(あのおっさんに借りを作るのはゴメンだしな……)


 剣崎のいけ好かないニヤけ顔が目に浮かんで顔をしかめた。

 おっさんに借りを作るのは癪な気がするのだ。


(よしっ、ゴミ箱に拳銃を捨てて逃げ出すか……)


 これなら取り敢えずはその場しのぎにはなりそうだ。鮫洲はディミトリの後ろを黙って着いてきている。彼の安全も考えねばならない。

 そんな事を考えているのと同時に、一階のエレベータードアが開いた。二基ある両方だ。


「ん?」


 片方には如何にも悪人顔のおっさんたちが乗っている。どう考えても、上で絡まれた連中の仲間であろう。

 もう片方には同じクラスの沢水沙良が載っていた。


「えっ?」

「なんだ!テメェ!」


 お付きらしい若い衆が怒鳴り出した。銃を手にした者がいるのだから当然であった。

 ディミトリは強面のおっさんたちに銃を向けた。


「うっ」


 詰め寄って来ようとした若い衆は立ち止まってしまう。

 そこにエスカレーターを男たちが駈け降りて来るのが目の端に見えた。彼らが合流しようとしている。


(ちくしょう! あとちょっとの処で上手くいかねぇ!!)


 焦れたように舌打ちしてから沢水沙羅が乗っているエレベーターに乗り込んだ。回りを囲まれたら逃げようが無くなるからだ。


「ちょっと」


 エレベーターに居た沢水沙良は驚きを隠さなかった。

 ディミトリは銃を男たちに向けている。もちろん相手を睨み付けたままだ。


「何なの?」


 銃を構えた同級生が乗り込んで来たのだから当然だろう。


「ちょっと邪魔するよ……」


 そんな彼女の困惑を無視してディミトリたちはエレベーターに乗り込んでいった。


「なあ……」


 鮫洲がディミトリに話し掛けた。ディミトリはそれを無視したまま銃を男たちに向けている。

 彼の話を聞いている暇が無かったのだ。


「ええーっ、ちょっと……」


 彼女がエレベーターに乗っていたのはディミトリを探していたからだが、こんな風に見つけることが出来るとは考えていなかったのだ。


(あの銃は本物?)


 ディミトリが構えている拳銃を見ながら考えた。いくら警官の娘とはいえども、本物の銃など見たことは無いのだ。

 パッと見には厨二病を拗らせた少年のような印象を受けていた。


「ざけんなっ! クソガキ!」


 エレベーターの前に、続々と詰め掛けた連中が一斉に吠えだした。


(へぇ、ヤクザ相手にも動じないのね……)


 強面の男たちが集結しているの見ると怖気づいてしまうものだ。だが、目の前の少年は銃を構えたまま泰然としていた。

 彼女の中でディミトリの評価が瀑上がりしていた。


「……」


 ディミトリは左手に持った銃を腰に差し込んでから、建物の外の方を指さした。

 建物外には赤い回転灯を付けたパトカーが居る。


「ちっ」


 それを見た一番貫禄がありそうなおっさんが舌打ちをした。若い者が持っている得物(銃)を隠す算段をしなければならないからだ。

 そうしないとかなり面倒な事になってしまう。

 もちろん、ディミトリも分かっている。だから、警官の存在を教えたのである。


(これで簡単に追い掛けて来られないだろう……)


 目論見が上手くいった事を確信したディミトリはニヤリとほくそ笑んでいた。

 おっさんがディミトリの方に向くと、エレベータードアが閉じかけている最中であった。


 すると、彼は意外な一言を言ってきた。


「圭佑、オメエは先に帰ってろ」

「分かったよ、父さん」


 鮫洲が強面のおっさんに返事をしていた。


「えっ?」


 きっと、この場に居た者の中で、最も驚愕したのはディミトリの方だろう。


「ええっ!?」


 彼のポカンとした表情を残したまま、エレベーターのドアは閉まっていった。

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