第8話 多勢に無勢
府前市に在る複合商業施設。
この施設の屋上では神津組と鮫皮組の組長が会談を行っていた。
今回もお互いに配下の者は一人づつ付けるという約束で会っている。こうしないと部下たちが勝手に抗争を始めてしまうことを憂いていたからだ。
だが、品行方正ではヤクザはやっていられない。双方の組は多数の部下たちをゲームセンター周辺や建物内に配置していた。
ゲームセンター内を任された男は、懐に銃を忍ばせてゲームセンターを見て廻っていた。
商業施設なので家族連れや学生たちが多い。
そんなゲームセンターの中を子供の一人が走り回り、強面の男とぶつかってしまった。
そして、ぶつかった弾みで男の懐から銃が滑り落ちてしまった。彼は無用心な事に腰へ差し込んだままだったのだ。
「うおっと」
強面の男が思わず身構え子供を睨みつけた。
「あっ」
いくら子供でも非常に不味い事をしたのは分かる。
「おいおい……」
ヤクザはため息交じりに言ったが、子供の表情は見る見る内に強張っていく。どうみても恐いおじさんにぶつかったのだ。
大人でも萎縮してしまう。
「ご、御免なさい」
子供は素直に謝って来た。
その事に気が付いた強面の男の仲間らしき者たちが集まってきた。揉めるようなら周りの人を遠ざけるためだ。
「ん? 良いってことよ」
強面のヤクザだが素直な子供には優しいのだ。
「坊や、走ったりしちゃ危ないよ」
彼は軽く叱っただけで銃を拾い上げようと屈んだ。すると、一人の少年が遊戯台を歩きながら回り込んで来た。
「んあっ?」
「えっ?」
突然、人が現れたので慌てた彼は銃を少年に向けてしまった。きっと、後でこれは玩具だとでも言おうと考えたのかも知れない。
しかし、銃を眼前に突きつけられた少年の反応は違っていた。左手で銃身を掴み右手で男の銃を握る手を打ち払ったのだ。
思ってもいなかった動作に男は銃を簡単にとられてしまう。
「……!」
少年は銃をクルリと回し左手で構え遊底を引き弾を銃身に送り込んだ。それは特別な訓練を受けた者のような所作だ。
「お、おまえ……」
少年は無言のまま銃を突き付けている。その目からは怒りの炎が上がっているかのようだ。
「……」
彼は襲撃を受けたと思ったようだ。そして、いきなりの襲撃に腹が立っているに違いなさそうだ。
「あ……」
少年の後ろから声を掛けようとしている別の少年がいた。彼の友人であろう。おとなしそうな少年である。
「シッ」
銃を構える少年は友人に黙っているようにと合図を送った。
少年が黙っているように合図したのは、自分の名前や友人の名前を呼ばさせないようにだ。そうしないと余計な情報を相手に与えてしまうことになる。それは避けなければならないからだ。
「……」
少年は銃を構えたまま後退りし始めた。
「このガキッ!」
「てめぇっ!」
何人かが一歩踏み出そうとすると、それを察知した少年は銃をそちらに向ける。
「うっ」
銃が本物である事を知っている彼らは立ち止まってしまった。
「……」
少年は相手を睨み付けたまま後退りを続けていく。その少年を囲むように強面の男たちがジリジリと迫っていく。
「…………」
少年が後退りをしたまま階段に差し掛かるのと、階段から一人の男が歩み出て来るのが同時だった。
「あ? なんだ、お前!?」
男は少年が手にした銃を見つけると怒鳴った。そして、男は怒鳴るのと同時に腰から銃を取りだそうした。
彼もヤクザだったのだ。
だが、少年は銃を取り出そうとする男が、視線を自分の腰に向けたのを見逃さない。
男の股間を蹴り上げ続けざまに銃床で頭を殴りつけた。
「ぐうっ」
相次ぐ攻撃で男は床に這いつくばってしまった。不意打ちだったので気が緩んでいたのだろう。
(あれは鮫皮組の若造じゃねぇか……)
銃の狙いがそらされたのだから、全員で襲いかかれば銃を奪い取れたかも知れないがそうしなかった。
そうすれば彼は躊躇なく発砲するだろう。何人か殺られてしまうに違いない。その一人になるのは嫌だったのだ。
(何故、コイツはこんなに手馴れているんだ?)
男たちは相手が何者なのか分からず困惑していた。見た目は中学生ぐらいだ。
だが、全員を油断無く睨み付ける目は兵士のソレであった。
(くそっ! 何者なんだよ……)
少年は男の腰から銃を奪い立ち上がった。それと、同時ぐらいに男の仲間と思われる二人が階段を降りて来た。
「兄貴!」
階段の出口でうずくまる男に声を掛けた。きっと、彼の舎弟なのであろう。
いきなりの展開に階段の男に続いていた者たちも呆気に取られてしまっていた。
少年は階段にいた連中にも右手の銃を向けた。左手の銃は最初の男たちに向けたままだ。
「なんだ、テメエは!」
「ぶっ殺すぞ!」
自分たちに向けて銃を構えた少年に怒鳴り声をあげた。だが、殴りかかったりはしなかった。
少年が銃を構えているからだ。去勢だけでも張らないと格好が付かないと思っているのだろう。
「ちっ」
階段を使えない事を悟ったのか、少年はエスカレーターに向かい始めた。
その間も両手で銃は構え牽制したままだ。男たちは憤怒の表情を浮かべながらも無言まま取り囲んでいた。
(鮫革の鉄砲玉じゃなかったのか……)
最初に銃を奪われたのは神津組の者であった。彼らは最初に思い浮かんだのは対立組織の鮫皮組であった。
(神津組の連中が囲んでいやがる……)
階段から降りてきたのは鮫革組の者であった。今日は神津組も建物内にいるのは知っていたので警戒していたのだ。
なので、神津組の襲撃かと勘違いしたのは仕方がないことだ。だが、状況は違っていた。
(どういう状況なんだ?)
普段は反目し合う二つの組の者たちは困惑を浮かべながらも少年を囲んでいた。
(間違いない…… コイツの目付きは人殺しのソレだ……)
その場に居た誰もがそう感じていた。彼らにもイカれた野郎の目つきは分かるものだ。そうしないと自分たちの業界を生き残っていけない。
少年の全身から溢れ出て来る殺意に、ヤクザ達は間を詰めるしか方法が無いのだ。
「……」
「……」
その場に居る者たちは無言のままであった。どちらかが言葉を発すれば、それが合図になってしまいそうだからだ。
ゲーム機から溢れ出てくる音楽だけがゲームセンター内に響く。だが、喧騒とは別の緊張感が辺りを包んでいた。
ゲームセンターには何人かの客たちがいた。だが、どう見ても堅気には見えない男たち囲まれた少年とは関わりたく無いようであった。皆は目を伏せたままだ。中には携帯電話を取りだした者が居たが、組の若い衆にぶん殴られて取り上げられてしまった。
「なあ……」
少年の友人がおずおずといった風に声を掛けた。しかし、少年は肘で友人を押しやった。
下りのエスカレーターに乗れと言うのだろう。
「……」
友人は素直に従っていた。彼も少年の変貌ぶりに驚いているのかも知れない。
「…………」
少年も友人に続けて乗っていった。しかし、エスカレーターに乗っていても銃を構えたままだ。
唯一違うのは右手の銃はエスカレーターの上に向けているが、左手に持つ銃は下側に向けている点である。
(下からの襲撃にも警戒しているのかよ……)
ヤクザは少年の抜かり無さに感心していた。
(どう見ても小僧なんだが……)
(というか、何で彼と一緒に居るんだ?)
(コイツ……堅気じゃねぇな……)
(兵士?)
少年との間をジリジリと詰めるヤクザたちは考えていた。
エスカレーターで下に到着した少年は両方の銃を上に向けた。下の階には敵が居ないと判断したのであろう。
やがて上の階からの視線が外れる場所まで後退した。
「出口まで走るよ……」
少年は友人にそう呟くと建物の出口を目指して走り出していた。
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