第7話 紐が切れたマリオネット

学校の日常


 沢水紗良の生活は父親の死を切っ掛けに激変した。

 クラスに入ると自分を見てクスクス笑われている気がしていた。そして、クラスメートに話しかけても無視されるようになった。

 何より学校に行くと机には墨が塗られ『犯罪者は死ねっ!』と書かれていたのだ。親友だと思っていた友達の方を見ると目を伏せられた。


 それでも沢水は、自分の行いは正しいと信じていた。だから毎日の様に同じ言葉を繰り返す。だが、その声も虚しく響くだけで誰にも届かない。

 彼女の言葉はいつも独り言だ。


 沢水は図書室で昼休憩をするようになった。ここなら誰にも気遣いせずに済むからだ。

 ふと気がつくと図書室の隅の方で男子生徒が熱心にパソコン画面を見ていた。自前のノートパソコンであろう。


(パソコンの持ち込みは禁止なんだけど……)


 持ち前の建前主義が湧き上がる沢水沙良であるが、男子生徒がクラスメートであることに気が付いた。


(転校生の若森くん……)


 遠目で見ると外国のページのようだ。スマートフォンのテザリング機能でインターネットを使っているのだろう。


(英語?)


 彼は指先で文字を追いかけるようになぞり、口元がモゴモゴと動いていた。どうやら本などを読む時に口が動いてしまうタイプらしい。


(へぇ、問題なく読めているみたいね……)


 先日の警察を出し抜くやり方といい、外国語をスラスラと読めたり、彼には色々と謎めいた能力があるようだ。


(さあ、どうやって彼に依頼をしたらいいのか……)


 頼み事をする程の親しい間柄ではないので沢水は悩んでしまっていた。

 そんな沢水沙良の視線には気が付かなかったディミトリは、昼休み終了の予鈴に合わせたかのようにノートパソコンを閉じた。


「……」

「ああ、ここに居たのか」


 そのまま図書室を出ようとするディミトリに、廊下を歩いていた鮫洲圭佑(さめずけいすけ)が声を掛けてきた。どうやらディミトリを探していたらしい。


「やあ、今から教室に戻るの?」

「そうだよ」

「あのさあ、放課後にちょっと付き合ってくれない?」

「良いけど。 何するの?」

「来週キャンプに行くからナイフを見たてて欲しいんだよ」

「?」

「いや、ガンマニアを読んでるくらいだから詳しいと思ってさ」

「別に構わないよ。 俺も新しいのが欲しいし……」


 どういう理屈だと思ったが放課後を付き合ってやることにしたのであった。

 ディミトリはナイフに詳しい訳では無いが、そろそろ『実用的』なナイフが一本欲しいと思っていたところもあったのだ。


(放課後……ね)


 ディミトリに声を掛けそびれた沢水は二人の会話を少し離れて聞いていた。


(彼なら父親の無実を証明する事が出来るかもしれない)


 何の後ろ楯のない一般市民が、難解な犯罪捜査を行うのは難しい。だが、彼ならこなしてくれるかも知れない。

 そう思わせるモノがあったのだ。


(駄目もとで頼んでみるしかないか……)



 府前市に在る複合商業施設屋上駐車場に、神津組と鮫皮組の組長が来ていた。

 今回もお互いに外を見る風で会話している。闘犬の試合のように目を合わせると喧嘩になりそうだと考えているのだ。


「黒山の居場所が分かった」


 鮫皮組の組長である鮫洲賢治(さめずけんじ)が話始めた。


「ほぉ」


 神津組の組長の番陵介(ばんりょうすけ)が興味なさそうに返事をした。


「中国の病院に入院していた」

「どっか具合が悪いのか?」

「黒山の弟に連絡が来たと聞いている」

「なんで中国なんぞに行ったんだよ」

「薬物売買の段取りを付けようとしたらしいんだが……」

「仕入先の開拓?」

「ああ」

「居なくなったのは売人の方だろ?」

「前に話した中国人たちが仕入先だったんだよ……」


 黒山は薬物取引先を失い商品の仕入れ先を探すのに苦労していたのだ。


「新規ルートの開拓か……」

「ああ、ロシア人武器商の伝手で向こうの黒社会に渡りを付けたんだが、そこの対立組織と一悶着あったらしい」

「ほぉ」

「銃で弾かれて入院。 その時に癌が見つかったらしい」

「詳しい話を聞こうとしたけど、既に末期状態らしく昏睡しちまったもんでな……」

「そうか、それは残念だったな」

「まあ、本当に癌なのかは疑問だがな」

「ドジを踏んだ奴に対する口封じだろうな……」


 ここまで話して鮫洲賢治は番陵介の顔をちらりと見た。きっと、ここまでこの男も知っているに違いないと思っていた。


「そっちはロシア人の殺し屋の事は何か分かったのか?」

「いいや、何も分からん」

「ロシア人武器商は俺達と口を聞こうとしないからな」

「どうしてだ?」

「公安警察に目を付けられているらしい」

「俺たちだって似たようなもんだろう」

「警察の中に居る鼻薬を嗅がせてる奴(ワイロの事)が言っていたから間違いない」


 神津組はロシア人の殺し屋に幹部連中が殲滅され組織はガタガタにされてしまった。

 鮫皮組は無傷であるのに自分たちは一方的にやられっぱなしなのだ。

 これは対立する鮫皮組のせいに違いないと疑心暗鬼になっているのだった。


「そういえば府前警察の中で騒ぎが起きているな」

「ああ、薬の横流しの件で警官が殺されたヤツだろ」

「薬だけじゃなくて、もっとヤバイブツにも関わっていたみたいだ」

「もっとヤバイ?」

「偽札さ」

「偽札を横流ししたのか?」

「いいや、偽札を作らせたらしい。それを指示したのが警察幹部って噂だ」

「随分と豪胆な警察幹部だな」


 きっと、手柄を立てるを焦った幹部の暴走であろうと鮫洲賢治は思った。


「件の警官はそれを知ったんで消されたって話らしい」

「そりゃ、ヤバ過ぎるな」

「ああ、何でも知り過ぎるってのは命を縮めるって事だな……」

「それで警官を始末したのがロシア人の殺し屋か?」

「そうかもしれんし違うかもしれん……」


 これは嘘だろうと鮫洲賢治は思った。ロシア人の殺し屋は人目につくのを嫌がっている節がある。

 それに警官は薬の過剰摂取で死んだと聞いている。これは殺し方としてはかなり雑なのだ。


(きっと、警察の内通者から依頼されてコイツらが殺ったに違いないな……)


 番陵介の反応を見て鮫洲賢治は思った。


「じゃあ、ロシア人武器商が殺し屋を雇っているって事では無いって事なのか?」

「俺は違う組織に雇われていると思ってる」


 そう言うと番陵介は鮫洲賢治を睨みつけた。


「ふん、ロシア人の殺し屋は紐が切れたマリオネットみたいに勝ってに踊っているのか……」


 鮫洲賢治は番陵介の睨みなど気にせずに言い放った。


「ああ、そういう事になるな」


 番陵介は憮然として答えた。

 殺し屋から操り人形にされてしまったディミトリは何も知らないでいた。


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