第5話 下心

「あーーっ! もう!」


ブチ切れた声を上げながら控室に突入する。


「備品の数が全く合わねーっ!!!」


大声で叫ぶセルゲイ兵長の方向から兵隊達がみなそっぽを向くのである。


「上等兵ーっ。

 隠れたって見えてます」


デカイ図体のリザードマン。

こそこそと他の隊員の影に隠れようとも頭二つ分ハミ出ている。

数日前酒場で見た時には、良くこの図体に合う制服が有ったな、と感心したものだが。

現在、その身体に着けた制服は明らかにサイズが合っていない。

袖は六分に、首のボタンは上二つ締まらない。

背中にはウロコのある地肌が見えてしまっている。


「それ、NノーマルのXLでしょ。

 ちゃんと記録調べましたよ。

 上等兵に合うのはGジャイアント用のSです」


アレがSスモールサイズだとすると……MミディアムLラージサイズとはどれだけ大きいのか。

さらにその制服がハマる種族とはどんなのか。

そんな恐ろしい疑問が湧くけど、セルゲイは頭の片隅にその疑問を追いやる。


「なんだよ。

 そのサイズの制服が無いんだからしょーがねーだろ。

 それとも制服無しで過ごせってのか?」

「そんな事言ってません!

 NノーマルのXL持ってくなら持って行くで軍票書いておいてください。

 そうすれば予備を発注するんです。

 GジャイアントのSだって……

 前回持って行く時に軍票書かなかったんでしょ。

 だから控えが無いんです!」


「わぁった。分かった。

 今度書くよ」

「今度じゃありません。

 イ・マ・書いてください」


と、強引にセルゲイはリザードマンの上等兵に軍票と筆を押し付ける。

そんな光景を周りの帝国兵達は笑いながら見物しているのだ。



「くっくっく。

 随分と馴染んだじゃねぇか」


笑いながら近づいてきたのはラスカリニコス軍曹である。


「馴染んでませんよ。

 冗談にならないレベルで備品の数が合って無いんです」

「ああ……

 こいつら雑だからよ。

 まぁコイツラも命張って戦ってるんだ。

 多少の事には目をつぶってやってくれ」


シブイ岩石人間ロックマンに言われてしまうと、それ以上文句を言う事も出来ない。


はぁーーー。

と、長いタメ息をつくしか無いセルゲイ・ニコラ―エヴァなのである。





本日の仕事は終わった。

眼鏡姿の青年は“輜重課”と書かれた部屋から出る。

既にシャツにコートを羽織った私服姿。


「お疲れ様です」


と丁寧に挨拶して裏門から出て行く。

他にも出る者はいるが、礼儀正しく頭を下げるのはセルゲイくらい。

他の者は軍服を着たまま、笑いながら出かけるのだ。


「おうっ、呑み行ってくらぁ」

「いいな、チキショウ!

 夜勤替われよ」

「いやなこった!」


「とか言って、ホントは女の店だろ」

「ヤボな事聞くんじゃねぇよ」


騒がしく言い合う中を一人で歩き出す。

ある程度は受け入れて貰えたようでも。

前線で銃と剣を持って戦う人間達と部屋の中で紙とペンで戦っている人間では温度差は確実に生じる。

高山から吹き付ける風が少しばかり冷たく感じる。


「セルゲイ兵長、また地下酒場か」

「あ、ありがとうございます」


等と思っていたら、声をかけてくれたのは犬の顔の一等兵。

どうやら今晩は当直夜勤らしい。

軍服に警棒スタイルで裏門を出たところに立っている。

思わずセルゲイはありがとう、と返してしまったが。

会話の流れとしておかしくないか。


「プハッ。

 なにをお礼してんだ」


案の定、笑われてしまった。

それ以上ゴチャゴチャ説明するのも面倒くさい。

どうも、と軽く手を振って立ち去ろうとする。

ところが一等兵はそんなセルゲイに向かって叫ぶのだ。


「ウサギちゃんに言っといてくれよ。

 俺、今日は仕事で忙しいから行けないって」


なるほど。

手を振ってフィヨルドの街を歩きだすセルゲイである。


そろそろ秋から冬と呼んだ方がいいかもしれない季節なのだが。

このコート、先ほどまでより防寒性能が高くなった気がする。

結構温かく感じたりする。


いつもの地下への階段を下りていく。

壁に飾ってあるランプが足元を照らすが、不揃いな高さの石段、注意して歩かないと危険だ。


見慣れた店に入って行き、人気の少ないカウンターへと向かう。


ティモシー少年がシェイカーを手に持っているのが見える。


「ジンライムだってさ」


と注文を伝えるウサギ耳女性に紙を差し出す。



ライムは今手に入らない。

ライムジュースを混ぜるだけになるけど、良いのかな。



そんな文面が見える。


「いいの、いいの。

 どうせ本物かなんて分かっちゃいないよ。

 色付けた液体垂らしとけばオッケーだって」


そんな大声で言ったら聞こえるぞ、と思うが声に出して注意する気は無い。

女性の横を通り抜け、少年に注文する。


「ティモシー君、いつものコーフィをおくれ」

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