第4話 アコーディオン

セルゲイはティモシー少年の煎れてくれたコーフィを飲んでいた。


老人から、たまには酒も呑んでくれと言われたりもするが。

正直、アルコールはあまり好きではない。



いつもありがとうございます。

退屈ではありませんか



ティモシーが紙に書いて差し出してくれる。

相変わらずの達筆。


「いや、軍の基地なんていつも騒がしいんだ。

 たまにこうして静かに過ごしたいんだよ」


そんな言葉を返す。

少年は表情が変わらないが、その白い顔に柔らかい雰囲気が浮かんだ気がする。


ここは酒場。

明るい客室では騒がしい乾杯の声も、酔漢の笑い声も聞こえている。

おどけた音楽が聞こえて来るので振り向くと、老人がアコーディオンを弾いている。

はてな。

あの老人は……セルゲイは見た目からマスターだと思い込んだけど、実は雇われ音楽家だったりするのだろうか。

何処かで聞いた事の有る民謡の様な調べ。

『天国と地獄』だっただろうか。

喜劇の様なメロディー。

酔客は熱心に耳を傾けてはいないが、BGMとして楽しんでいる様だ。


それに比べると、セルゲイの居る照明を暗くしたカウンター付近は静かだ。


「あの人はマスターじゃ無かったの?」



いいえ。

祖父は最近この街に来たばかりです。

祖父がアコーディオンが出来ると言ったら……

この店が自分ともども雇ってくれると言うので……



「へぇ、なんとなく威厳があるから。

 マスターかと思っちゃったよ。

 お爺ちゃんだけじゃ無くて……キミもなんとなく良い家の子っぽいしさ」



そんな事はありません。

店の制服を着てるのでそう見えるのでしょう。



そう言えば老人は、この子の母親が父親が誰かも分からないで子供を産んだ、と言っていた。


ここは前線の街だ。

兵隊相手に商売する娼婦の類も多数いるらしい。

セルゲイ自身はそんな店に行きはしないので、知らない。

他の兵達は自慢げに話していた。

あの店の女はいいぜ。

軍服を着て行けばサービスしてくれんだよ。


セルゲイに男達を咎める気は無い。

危険の多い仕事なのだ。

金目当てに発生するモノと分かっていても、女性の愛を求めたくなるのだろう。

そんな女が多ければ…………

父親の顔が分からない子供も産まれてくるのも必然。


ティモシーの母親はどうしたのか。

そこまで突っ込んで訊ねる事はセルゲイに出来ない。

だけど、この少年は祖父と一緒に暮らしているだけ幸せなのかもしれない。

他の父親の顔が分からない子供達、彼らにアコーディオンの巧い祖父が居るとは限らないのだ。


コーフィの香りを楽しむには、思考が重くなってしまったな。

気が付けばアコーディオンの曲は変わっている。

これは。

西の方の国に流れる美しき青き川をテーマにした曲だっただろうか。


音色に耳を傾けるセルゲイの前に紙が差し出される。



戦争は終わったんでしょうか?



「戦争か……

 帝国軍は戦争と呼んでないんだ。

 賊を討伐してる、と言ってる」


高山の洞窟に住まう黒小人達。

本人達は帝国に帰属した事など一度も無い、と主張している。

しかし、帝国上層部にとっては。

とっくにあの高山は中の洞窟ごと帝国の領土なのだ。


かくして。

自分達の洞窟で堀り出して自分達で加工した物品をどうしようが俺らの勝手。

と主張する黒小人と。

帝国の財産である貴重な鉱物資源を勝手に利用する盗賊。

と彼らをみなす帝国軍と。

決して交わらない平行線が続く。


戦争と呼ぼうが、賊に対する懲罰と呼ぼうが。

物量が圧倒的に違う。

いくら地の利があろうと、黒小人に勝ち目など無い。


洞窟に住む亜人間デミヒューマンは既に当初の3分の1も生き残っていないはずだ。

現在追撃が小康状態なのは、投降待ちと言って良い。

強引に攻め込んで、持久戦に持ち込まれたら帝国の兵だって損害を受ける。

うす暗い洞窟に入り込んで、隙間に隠れる黒小人の罠にかかる。

幾ら恐いもの知らずの帝国兵だって好んでやりたがるハズが無い。


「ああ……ゴメンゴメン。

 終わったわけじゃない。

 小康状態だよ。

 黒小人が素直に投降してくれれば終わるんだけどね」


セルゲイは思考に耽って、ティモシーへの返事が遅くなってしまった。

そんなセルゲイを少年の朱色の瞳が見つめる。

やはり表情は動いて無いのだが。


お疲れなのでは。

大丈夫ですか。


その瞳はセルゲイにはそんな風に感じられた。


飲み終えた珈琲カップをセルゲイはカウンターに置く。

白く細長い指先をティモシーが差し出す。

その手にカップを渡すと、柔らかい指先の感触が伝わる。

だけど、手の甲の一番下部分だけ少し固い。


手に豆が出来てそれでも使い続けるとさらに固くなる。

そんな感触。

少年の指先はキレイに見えても、商売でカクテルを作りグラスを洗っている。

そんな苦労の結晶だろうか。

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