第5話 帰還 ③

  青白い光だけが其処にはあった。俺はモニターを見つめ、キーを叩き続けていた。この作業自体俺にとって何の意味も無い事だとしても作業を止めるわけにはいかなかった。仕事だから? 命令だから? 希望だから? 使命だから? 全て無意味だ。俺は俺の望むべき事柄を理解していないし、しようとも思わない。ただ生かされているから作業を繰り返している。それだけだ。


 意味の無い生を無駄に引き延ばされている挙句、死を与える兵器を作り続けている現状は戦争が続く限り終わる事は無いだろう。既に地上の大半の生物が死に絶えた今でも軍上層部と政治家は資源と命を浪費する選択を選び続けている。星が死に、歴史が終わる瞬間まで間違いを犯し続ける愚者共は俺という罪人を百年間生かしたまま自らが知らぬ間に罪を犯す。罰が下るその日まで、永遠に。


 「やぁ、元気かい?」


 「……」


 「無口だねぇ君は。まぁ、その方が僕とっても気が楽だ。うん」


 「……」


 「塔の計画を知っているかい? いや、知らない筈がないか。戦前に建造が開始され、君が開発した広範囲ステルスフィールドで守られている最後の楽園だよ」


 「……楽園ではない。延命の後に安楽死を迎える墓標だ。楽園など、存在しないのだよ、クルード」


 「君が喋るなんて珍しいね。……楽園はあるよ、勿論希望もね」


 椅子の背もたれに背を預け延命装置から伸びているケーブルごと髭面の痩せた丸メガネの男、クルードへ向き直る。


 塔の計画自体は知っている。人類の延命措置として建造されている搭は多くの作業ロボットによって順調に進められ、搭を管理する神と天使の選別も始まっていると聞く。


 ―――今となって生きたいと我儘を言う老人達に呆れを通り越して憐れみを覚えてしまう。先の戦争を始めた罪を償わず、後世の人間に押し付けた者に救済なんぞ訪れる筈がない。罪人は罰を受け入れねばならぬのだ。生に死は常に付き纏う影だ。楽園と呼称されている搭は上層部に住む人間だけがそう呼べるもので、下層に住む人間にはただ延命措置だけが施される地獄と言えよう。


 「……搭の管理者は神と呼ばれる人間だ。人間が人間を生かす? 驕り高ぶるのは愚者の性か」


 「僕もそれには同意だね。だから、後世の為に何かしようと思ったわけだよ。上の連中の好きなようには絶対にさせない。だから、協力してほしい―――」


 「……どこでその名を聞いた」


 「記録に残っていたよ。人体強化拡張ナノと遺伝子書き換え技術のオリジナルを開発した人間を調べていたら君の名前を見つけた。研究者にとって目指すべき最高の人材だった君が何故こんな仕事をしているのか甚だ理解しがたいけど、僕と研究スタッフの計画にはこれ以上ない程君が必要だ。頼む、力を、いや、全てを掛けてくれ―――」


 書類と保存栄養食の空が散乱したデスクに置いていた煙草の箱から紙巻煙草を一本取り出し、口に咥えると電子ライターで火を点ける。


 ―――。生命維持装置に繋がれ番号で呼ばれる事になって以降一度だけ呼ばれた名前は乾き摩耗した記憶に一つの約束、否、契約を蘇らせる。ある研究者の女との口上だけの契約だ。


 『貴様の名前を番号じゃなく名前で呼んだ人間の力になってやれ。恐らく、そいつは本気で何かを成し遂げようとしている奴だ。だから、貴様はそいつの力になって罪を償え。大勢の人間の人生を狂わせた罪を全身全霊で償え。いいな―――。これから死ぬ私との約束、いや、契約だ』


 あの女の名前は何といっただろう。今となっては顔も名前も思い出せない女は黒い影で覆われた顔を此方に向け、小さく、そうだ、笑みを浮かべていた。これから死ぬというのに女は最後に笑ったのだ。俺が必ず約束を守ると信じていたように、笑った。


 友人と言えば嘘になる。俺と女の間柄はただの個人同士の付き合い程度のもので、友人と呼ぶには非常に交友関係が乏しい関係だった。名前は確か……花の名前が関係していたような気がする。それ以上の事は何も知らない。知ろうともしなかった。


 「……覚悟は決まっているのか?」


 「勿論」


 「上にばれたら死ぬぞ」


 「死は僕らの世代だけで十分だ。子や孫、未来を閉ざすわけにはいかない」


 「……」


 死を見据える人間は二種類存在する。一つは諦めた者、もう一つは全てを掛けてでも何かを残そうとする絶対の意思を持った者。クルードは後者に位置する人間なのだろう。諦めた者に存在しない、轟々と燃える盛る意思が深紅の瞳に宿っていたのだから。


 「……プランを話せ」


 「協力してくれるのかい?」


 「あぁ」


 「ありがとう―――。プランは後から話す。ラボの仲間に今日一番の吉報を届けたいからね」


 何時ぶりに見たか分からない笑顔を浮かべたクルードは皺くちゃの白衣を翻すと早足で部屋から出る。プランの内容は彼から聞くまで不明なままだが、オリジナルナノの技術が必要ならば、此方で使い古された技術の出涸らしを準備しておこう。上の連中には適当な理由をつければいい。技術書と論文を読んでも一切の理解を示さない人間だ。騙すのは容易い。


 モニターへ向き直り、キーを叩く作業を再開する。死を振り撒く技術を作る俺が何かを救う事が出来るのか? いや、それを成し遂げるのは俺じゃない。今を生きる人間だ。



 俺はただ、死と罰を受け入れる準備をするだけだ。そうだろ? 花の君。

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