第4話 死闘 ②

 背後からイブが飛び出し影へ刃を振り下ろす。影は刃を刀で受け流し、左右から迫る刃も前転跳びで回避する。だが、その行動は俺の射撃タイミングと合致していた。


 乾いた銃声が連続で鳴り響き、完全に回避されていた弾丸が数発影に掠る。機械腕と神経伝達のラグが無くなったスムーズな射撃。機械の腕が生身になったような感覚だった。


 「そこ!」


イブの鋼の爪が影の心臓を目掛けて迫るが動きがピタリと止まる。周囲の空気そのものが固定された強制的な停止は四肢の自由を完全に奪うものであり、怒りに満ちた深紅の瞳が影を射殺すように見据えたていた。


 「……そこまで、何故肩入れする。天使よ」


 影、ガスマスクの向こう側に見えた銀色の目が深い悲しみを帯び、イブを見つめる。


 「私はただ貴女を思って行動しているだけに過ぎないというのに、何故貴女はそれを理解しようとしない。誰も変化など望まず、今ある世界を生きているだけに過ぎないと何故分からない。何故だ、天使よ」


 「意味わからん事をブツブツと!」


 銃の引き金を引き絞る寸前に銀色の光が空を走る。それをナイフだと視認し、機械腕で防ぐがその隙に影は俺の懐迄潜り込む。


 「ッチ!」背後に飛び退きへレスを抜く。刀を振り下ろす影の獲物を逆に破壊し、腹へ銃弾を撃ち込むが、二本目の刀を引き抜いた影は血をガスマスクの排気口から吐き出しながら俺の機械腕の付け根に刃を突き立て、神経接続を遮断する。


 鉄の塊と成り果てた機械腕は脳からの信号を受け付けず、トリガーを引いた状態で停止する。へレスを振り、影を払うがだらりと垂れた腕は想像以上に重く、戦いの邪魔になることは明白だった。


 腕を外し、接続部を露わにする。腕を一本無くした以上戦況は当然苦しいものとなる。腕一本を落とすという事は攻撃の手数と手段を減らし、相手の戦意を大幅に削ぐ有効手段だ。嫌な汗が背中を伝い、最善の手を模索するが、影はへレスを警戒してか俺と距離を取り懐からピストルを取り出した。


 「刀のチャンバラはお終いか? カウボーイごっこでも始めるか?」


 「太古の昔、化け物を殺すには何を使っていたと思う? 架空の存在を殺すには銀を使っていたそうだ。弾丸を銀でコーティングし、魔女或いは化け物と思わしき者を儀礼済みの銀で殺すのだよ。無論、架空の化け物はこの世に存在しないし、殺すべき魔女も存在しない。だが、私達を人は化け物と云う」


 「何が言いたい」


 「ルミナの蟲を持つ人間を殺す方法は何も死ぬまで殺す必要は無いということだ。人間ではなく、蟲を殺せばいいのだよ」


 ピストルの銃口が此方を向く。


 直感的に銃口から身を反らし、途切れる事無く射出される弾丸を何発か身体に貰いながら崩れた瓦礫に身を隠す。


 「蟲殺しの儀礼弾は身に染みるだろう? 私が片割れの天使から授かった退魔の弾だ、貴様には死ぬまでくれてやろう」


 血が傷口から溢れ出し抉るような痛みが広がる。吐き気と眩暈の症状が現れ、脳を揺らす。退魔の弾、儀礼弾、宗教的な意味合いを持つ弾丸を銃創に無理矢理指を突っ込み、傷口を押し広げながら掻き出した俺は、激痛に歪む視界の中地面を這い蹲りながら移動する。


 ブーツの靴底が硬い地面を叩く音が近づく。マガジンを交換する音。血が滴る音はもう聞こえない。完全に傷が塞がった状態で影は俺を殺そうと歩をすすめている。


 傷口を塞ぐ速度が劇的に遅くなったが、血は完全に止まった。9mmの弾丸を数発撃ち込まれた程度では致命傷にはならないようだ。敵に動けるまで回復した事を悟られてはならない。死なない程度に生き、呼吸を最低迄低く保つ方法。それは―――。


 「死ね、天使を誑かす悪なる蛇よ」銃創をナイフで切り裂き血を出し続けた俺は霞み始めた視界に影を映すと、へレスを影の腹へ突き立てた。


 「な、ぁ」


 「は―――ぁあ!」


 力任せにへレスを横に薙ぐ。破壊された体組織が宙を舞い、分解された血が塵となって空に消える。影は出鱈目にピストルを撃ち、放たれた弾丸が俺の右肩と左脇腹を抉った。


 「この、屑がぁあ!」


 傷口の破壊が停止し、ピストルの銃口が目の前に突き付けられる。回避しようにも膝が笑い、真面に立つことすら儘ならない。発射される弾丸が額に空洞を開ける様を想像し、残った生身の腕で顔を庇う。


 「ぬ―――」


 鼓膜に響いた音は撃鉄が弾かれ弾丸が発射された炸裂音ではなく、金属と金属がぶつかり合う鋼の音。イブの刃が影の持つピストルを弾き飛ばし、影のボディアーマーを浅く切り裂く音だった。


「イ、ブ」


「貴男の評価を改めねばなりませんね。奴を此処迄追い詰めるなんて、並大抵の人間では出来ません」


 「く、ぬぅう……!」


 俺と影の間に立ち、刃を展開したイブは地を蹴り身を低くして影へ接近し、白く長い脚に鋼の刃を纏わせ蹴りを放つ。影は間一髪でイブの蹴りを回避し、懐から白い円筒状の筒を取り出した。搭の武装鎮圧隊が所持している催涙煙幕弾だ。


 「逃がすものか!」


 四本の刃と一本の爪、脚の刃が影を切り裂く寸前に催涙煙幕弾が起動する。白い煙が筒から勢いよく噴き出しものの一秒で辺りを白く染め、索敵系統の機械を妨害するチャフが舞う。


 「く―――」


 「今回は退くとしよう。だが、私は諦めない。理想を叶える為に私は何度も貴女の前に姿を現そう。天使よ、私は必ず悪なる蛇から貴女を救うと約束する。……悪なる蛇、その時が貴様の最期だと思い知るがいい」


 身を突く殺気が和らぎ、煙が晴れる頃には影の姿形も存在していなかった。退いたのだろう。精神を縛り付けていた緊張が一気に緩み、今になって冷汗が噴き出してきた。


 「……退いたか」


 「……」


 「お前の敵ってのは化け物揃いだな、えぇ? あんな連中と一人で戦うつもりだったのか? 馬鹿馬鹿しいにも程がある」


 外した機械腕の中から大容量メモリーを取り出し、倒れた柱の上に腰かける。

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