第2.5話 残照
「僕には誇れる物なんて何も無い。けど、今の仕事は君達が後世に誇れるような事だと思うよ。僕はね」
不気味な程に整理された部屋だった。白い壁に白い机、白い服を着た人間が慌ただしく白い機械を弄っているこの一室は何処となく恐ろしい。
「パパはどうして世界を救うの?」
「どうしてって……そうだな、イブとカナンに幸せになって貰いたいからだね」
「パパは幸せにならないの?」
「アハハ……僕達はいけない事をし過ぎた人間だから、罰を受けなきゃいけない。けど、それは子供達が受け継いじゃいけない物なんだ」
眼鏡を掛けた壮年の男は疲れが溜まった目に精一杯の優しさを浮かべ、白い姉妹の頭を撫でた。
この三人は親子なのだろう。互いを思いやる事が出来る美しい関係だと何となしに思った。何処か昔懐かしい光景は俺の胸を激しく動悸させ、在りもしない感情を突き動かす。―――郷愁。その言葉が脳裏を過った。
俺に家族と呼べる人間は存在しない。両親と呼べる男女の顔も、産まれた場所も、生家と呼べる場所も、全て覚えていない俺は幼い頃より殺しと強盗で生を繋いできたロクでもない人間だ。だから、目の前に広がる光景は有り得ない記憶だと認識出来る。俺の物ではない誰かの記憶だと断定できるのだ。
「パパ」
「何だい? イブ」
「私達以外に誰かいるの? 涙が流れる音が聞こえるの」
「いや、僕たち以外に誰も居ない筈だが……」
「聞こえるよね? カナン?」
「うん、聞こえるよ。イブ」
頬に冷たい雫が伝った。傷だらけの指でそれを掬うと透明な涙が見えた。
何故涙が流れたのか理解出来ない。この記憶に共感したのか、それとも後ろ暗い人生を歩んできた自分を哀れんでいるのか。理解出来ない感情が穴の空いたバケツから滴り落ちるように溢れ、涙となって流れ出す。―――涙に意味は無い筈なのに。
滲む視界の先、二人の少女の片割れと目が合う。真紅の瞳が俺を見つめ、全てを見透かす。少女はニコリと柔らかい笑みを浮かべ、手を差し出す。白い、小さな掌だった。
その手を取るべきなのだろうか? 他者の血に塗れた手で無垢な少女の手を取るべきなのだろうか? 逡巡する思考の中、少女は俺に向かって小さく口を動かす。
―――大丈夫だよ、と。
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