第2話 銀翼の少女 ③

 「……カアス、退きなさい」


 「何故?」


 「片割れが来るわ」


 「……ほぉう。なら、都合がいい」


 轟音。派手に散る火花。ドーム内部が激しく揺れると同時に天井を覆うガラスが盛大に割れ、一人の少女が男目がけて鋭い蹴りを放つ。


 「散りなさい、寄生体の者」


 「散るのは貴様だ」


 男の剛腕が唸りをあげて少女の華奢な身体を吹き飛ばそうとする。だが、腕は虚しく空を切り、少女の背から伸びる羽を模した三枚の刃に切り刻まれた。


 「段階を引き上げる。力を引き出せ、蟲達よ」


 切り刻まれた刃傷から無数の蟲が溢れ出し、男の腕全体を覆い尽す。白い表膜は獣の咆哮を皮切りに金属色を纏い、鋭く、太い爪を伸ばし、ライフルの銃身を思わせるバレルを形成した。


 「貴様は敵だ。我らが主は敵を殲滅しろと言った。貴様は骨の一片迄残さず殺し尽す」


 「驕るな人間」


 「驕っているのは何方だ? えぇ?」


 「貴方以外誰が居るの?」


 売り言葉に買い言葉。男と少女が発する言葉には異常な程の殺意が孕まれており、聞いているだけの俺ですら背筋が薄ら寒く感じた。


 「一つ聞いておこうか」


 「何か?」


 「その男は何処の誰だ?」


 「さぁ……関係無い唯の人間でしょう」


 その言葉を皮切りに少女は背中の刃を二本分離させ、一本を男へ、残る一本を子供へと差し向ける。稚拙な攻撃だ、と男は鼻で笑い二本の刃をバレルから射出した鉛玉で撃ち落とす。


 「ペッカートムの分際で」


 「殺しゃしねぇよ、堕ちろ!」


 男のバレルが六つに割れ、止めどなく鉛玉を射出する。殺意を乗せた鋼の雨は縦横無尽に飛び回る少女を執拗に追跡し、ドームを破壊する。


 ―――何を呆けている場合か、俺は。男の注意が少女へ向けられている今が最大の好機ではないか。


 痛む身体を引き摺り、ステルスフィールドを展開する。彼方此方で火花が舞い散り身を切り裂くガラスが落ちて来ようが関係ない。男が従う子供を仕留めれば敵が一人減る。少女を数に入れようと入れなかろうと三つ巴の戦いとなれば生存確率は飛躍的に上昇する。俺に奴らを殺す力は無いが、無駄に死ぬ事だけは勘弁だ。いっその事ならば無理に噛みついて殺してやる。


 子供の背後に回り、ヘレスを抜く。無機質な鈍色の刃が白い首筋を捉える。


 「無意味な事をしますね、人間」


 「―――!」


 腹部に激痛を感じた。身体を支える足腰に力が全く入らない。込み上げてくる血。鮮血がマスク内を満たし、隙間から流れ落ちた。


 「私が人間に後れを取ると思ったのですか? 愚かしい、実に愚かしい。これだから一世代前の人間は嫌いなんです」


 腹に一枚の刃が突き刺さっていた。透明な、薄い、薄氷のような銀刃だった。


 「が―――ア」


 「死になさい。出来損ないと共に」


 横薙ぎに一閃。血飛沫が飛び散り臓物が切り口から溢れ出た。死が―――見えた。

 「ポエナ‼ 貴女‼」少女が血相を変えて此方に飛来する。美しい、天使に似たその身体を無数の鉛玉が貫き、赤い血を流しながら地に落ちる。「馬鹿な娘。……この世界に救いは無いのに」悲哀を含んだ声が、破壊の音に掻き消された。


 落ちる。光の破片と共に身体が空を切る。暗闇の底へ、闇の中へ、落ちる。悍ましい闇の中へ―――全てを飲み込み落ちた。


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