第2話 銀翼の少女 ①

 C―4エリアへ続く鋼鉄製の大扉に表示されているロック・ランプの色は緑色に変わっていた。ロックが掛かっている際は赤色に表示されているのだが、腕の良いハッカーがロック解除に成功したのだろう。腕の悪いハッカーが解除に当たると機械腕から伸びる神経接続線が、逆流動性防御プログラムによって腕を焼かれ、ハックの際に使用する機械眼も焼かれてしまうのだ。遺跡の情報を扱う遺跡発掘屋ならではの罠に、目と腕を焼かれた人間を多く見てきた俺からすれば、戦闘行為で死ぬよりもマシだろうと思う。


 自律光球を腰に巻いたポーチから取り出し電源を入れる。光球はブゥウンと低い音を発し、俺の周りを旋回しながら周囲を明るく照らす。俺は鉄扉の脇に在る大人一人分の扉を潜り、ライフルを構えた。


 周囲は闇に閉ざされた黒一色。硬いタイルを踏みしめ、自動ターレットが敵を見定める赤い点が何処にあるかぐるりと見渡す。A―1エリアと違ってターレットの銃口が天井に位置していることは無いようだ。だが、思わぬ所に罠が仕掛けられている場合もある。俺は這いつくばる瀕死の浮浪者のように腹を地面に付け、匍匐前進で進む。


 光球の明かりは半径一メートルを照らす心許ないものだ。遺跡内で自律兵器――機械人形の襲撃を受けた報告は今のところ無いのだが、何処からか侵入してきた外生物や生物兵器が巣を作っている報告がある。現に、過去の居住区エリアB―1~4には大顎蜥蜴と啜り蜂の巣が確認されている。エレベーターの電力が回復するまではBからCエリアへ移動するまで常に死の危険性が付き纏っていた。


 ステルスフィールド展開中、敵の視界に映り込む心配は無いが、遺跡では何が起こるか分からない。侵入者撃退用の赤外線センサーが張り巡らされている可能性があるし、不意に外生物がフィールド内に侵入し俺という個体を群れの仲間に知らせるかもしれない。遺跡の外部と同じように内部も命がけであることは変わりないのだ。


 緊張の糸を切らさずに、野生の獣が全身に巡らせる警戒心をこの身に宿したままに進んでいた俺の手に僅かながらの液体が付着した。色は赤、臭いはマスクを身に着けている為に不明。だが、それが何なのか俺には分かる。人間の血だ。


 咄嗟に身体を転がし、跳ね起きる。その瞬間、暗闇に包まれていた空間に明かりが灯り何故人間の血が流れ出してきたのか理解する。


 四肢を鋭利な刃物で切断されたかのように綺麗な切断面を持つ人間の手足、頭部、内臓が其処ら中に転がっていた。透き通る青色のタイルは鮮血と脂の色を帯び、機械義肢の中に流れる人工血液のどす黒い赤が円筒状のオブジェクトに叩きつけられていた。


 「んだ……これは」


 死体と血の臭いには慣れていた。下層街の路地裏の至る所で乞食の死体や子供の死体を見ることは日常茶飯事だし、暴力が渦巻く盛場へ足を向けると脳内麻薬に脳を壊された中毒者が他人の頭を撃ち抜くことも日常に過ぎない。だが、今目の前に転がっている死体はどれも異常な死に様を晒していた。


 起爆式切断榴弾を誤爆したのだろうか。いや、それは有り得ない。遺跡までの道中を十人程度の人数で進行してきた猛者なのだ。些細なミスを犯すほど練度が足りていないわけが無い。それに、火薬が爆発した焦げ目も、榴弾の中に入っていた筈の展開刃が何処にも突き刺さっていないことから、火薬を用いた兵器を使用した痕跡は無い。俺は一つの死体のボディアーマーと切断面を調べ、周囲を見渡した。


 男の死体が八つに女の死体が二つ。どれも寸分狂わず腕と胴体の関節と筋肉を切断されており、一撃で落とされていることが分かる。可能性としては外生物や生物兵器の襲撃による全滅か、機械兵器による全滅。正体不明の何かによる攻撃。その三つだろう。幾ら命知らずの野盗であったとしても十人相手に襲撃を加える程愚かではない。少なくともこの殺し方は人間には不可能であると推測する。だが、此処で今更ながら一つの疑問が新たに湧く。何故電力が復旧したのかだ。


 先程まで暗闇に包まれていたC―4エリアに明かりが点ったからには、誰かがこのエリアのコントロールパネルを操作したからだ。この死体達の生き残りか、それとも第三者が操作したのか。血と死の中で冷静な判断を失わず、自らの生存領域を確保した存在を探すことが先決か。俺は警戒の糸を張り巡らせたまま、足を進める。


 此処は見通しの悪い場所だ。等間隔で円筒状のオブジェクトが立ち並び、青白いタイルの下に並ぶ電子回路の中を幾つもの粒子が忙しなく行き交っている。人間が生活していた痕跡も、働いていた痕跡も何もかもが失われたC―4エリアは何処か薄気味悪く感じた。恐らく、推測であるのだが、此処は過去のデータ保管区域だったのだろう。サレナが言った仕事、調査とは此処の何処かにある情報記録装置を見つけ、其処からデータをコピーしてくることか。


 暫く歩を進める内に、巨大なドーム状の建物を発見した俺は密封容器に入れられた液状栄養補給剤を飲み、少しだけ腹を満たす。固形簡易食糧は咀嚼する時間が惜しいことから俺はあまり好まない。腹を満たし、必要な栄養素を補給するだけならば液状栄養補給剤で事足りる。味は最低だが。


 建物にはロックが掛けられていなかった。自動で扉が開き、冷えた空気が足元に広がった。中に探索用の装備を着た人間が二人居た。長身の男とその半分ほどの背丈の子供だった。

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