第1話 下層街 遺跡 ②

 遺跡へ向かう遺跡発掘者の基本装備は汚染された砂や空気を完全に遮断し、浄化するマスクと、予告も無しに降り注ぐ強酸性雨に耐えうるように製造された防護マント、身を守る為のボディアーマー、自衛の為の銃器や武器。その四つである。


 どれ一つ欠けても命取りとなる装備に身を包んだ俺は、傍から見れば特殊部隊に所属する兵士のようであり、道行く人々は言葉無しに一定の距離を開ける。超硬質炭素コンバットアーマーに大口径アサルトライフル一丁。腰に吊っている刀剣は如何なる物質をも切り裂くことが出来る遺跡の遺産。身体を包む黒色のフード付きマントは紐を引っ張ることで自分の周囲にステルスフィールドを展開するこれまた遺跡の遺産であった。


 自分の利となる遺産以外買い取り屋に売り払っている俺は、下層街の一般的な住人よりも良い生活を送っていると自負している。


 毎日二食の飯にありつけ、飢える事も無く、腕を一本売り払うだけで生きることが出来ている。四肢を多少の金の為だけに売り払い機械義肢に換装している人間が大半を占めている下層街で、一本だけ機械の腕を持つ人間は運に恵まれているかボッタくりの医者に会わなかった者だけだ。他は基本的に市場価格以下の買値で身体の何処かを取られている。俺の知人には脳と股間だけ生体部位のサイボーグが一人いるが、そいつは仕事上戦闘行為を多く熟している為、仕方がないことだろう。


 汚水が溜まる大通りを歩き続け、外へ続く巨大なゲートの前に着いた俺は門番の一人に声を掛け身分証明書を提示する。門番はあぁ分かったと言った風に無線でゲート管理局へ連絡すると大人一人分の扉が開いた。人間用の扉だ。


 「よぉ、また仕事か?」


 「ああ」


 「よく遺跡発掘者は外へ行こうとするな。俺等には分からないぜ、その神経が」


 「仕事だからな」


 「そうかい。ま、気ぃつけてな。死んだら元も子も無いぜ」


 「ありがとさん」


 今日の門番は人柄が良い人物だった。下層街の住人を忌避することもなく、心配するような〈上〉の人物は珍しい。大概一言も言葉を交わさないものなのだから。


 扉を潜り、浄化装置の突風を浴びた俺は額に当てていたゴーグルを掛け、二重扉が開いた先から飛び込んできた砂を身体一杯に浴びる。


 乾いた空気と灰色の空が何処までも続く荒れ果てた荒野。何処かで鳴り響く銃声と生物の悍ましい鳴き声。この世の地獄へと踏み出した俺はアサルトライフルを構え、一歩、また一歩と慎重に歩を進める。


 敵は外生物と生物兵器だけとは限らない。廃棄された警備ロボットや野盗、環境、全てが敵となる外の世界では己の力だけが頼りとなる。味方など何処にも居ないのだ、目の前で片足をもがれ、這いずりながら此方へ進んで来る男も、敵。ライフルの引き金を引き、一発で男の頭に穴を空けると血の臭いを辿ってやって来た外生物が俺を三つの瞳で見据えた。


 大人一人分の蜥蜴の姿をしたその生物は、外生物の中で下級に位置する大顎蜥蜴と呼ばれる生物だった。丸太程の四肢から伸びる大爪からは男のものと思われる血を滴らせ、人間の赤子を一口で粉砕する大顎には肉片となった男の爪先がはみ出している。


 大顎蜥蜴は俺を目視すると闘争本能を剥き出しにして砂埃を巻き上げながらドタドタと走り寄って来る。近接攻撃しか攻撃手段を持たない生物だ。劣化ウラン弾頭を用いたライフル弾には敵わない。


 トリガーを引き、三つの瞳に正確な射撃を行う。硬い表皮に覆われていようとも瞳だけは人間と変わらない強度性能の為、発射されたライフル弾は大顎蜥蜴の眼球を抉り、脳を突き破り、体内で放射性の毒を撒き散らす。すると、いとも簡単に大顎蜥蜴は絶命し血泡を吹いて倒れた。


 本来大顎蜥蜴というものは群れを成して獲物を狩る生物だ。単体で人間を襲うのは珍しい。俺は頭を打ち抜いた男の懐を漁り、何か価値のある物を持っていないか調べると親指大の卵が十個ほど入った麻袋を見つけた。なるほど、大顎蜥蜴の卵を盗み、その母親に襲われていたわけか。自業自得だ、敵を退ける力を持たないクセに気性の荒い外生物の卵を盗むなど馬鹿な真似をする。


 大顎蜥蜴の卵は他の雌を呼ぶフェロモンが放たれている。〈上〉では高級食材として重宝される食材だが、遺跡へ向かう俺にとって不要な物だ。俺は麻袋を男の懐へ戻し、代わりに大口径リボルバーと弾薬を回収し、二つの死体を後にする。


 遺跡へ向かう途中、帰る途中に人間の死体を見ない日は無い。皆死に方は多種多様に渡り、どれも酷く身体を損傷し、腐肉となって死んでいる。大隊を組んで遺跡へ探索に向かった者達が数日後壊滅している又は数人で帰還してくることも珍しく無い。そういった事があるとスカベンジャーを名乗る死体漁り屋が大隊の死体を漁り、死ぬか生きるかのギャンブルをする。だから、俺が男の遺品を漁る事は遺跡発掘者や〈塔〉外部へ仕事に向かう人間ならば普通の事なのだ。


 暫し歩を進め、ハニカム構造の朽ち果てた建造物が見えたならば遺跡は直ぐ近くにまで迫ってきている証拠で、此処からは廃棄された警備ロボットと外生物、生物兵器、人間が血で血を洗う殺し合いをする最前線となっている。今も何処かで激しい銃声と叫び声、機械が破壊される鋼の音が木霊し、戦闘行為が行われているようだ。俺は身を屈めるとマントの紐を引っ張り、自分の周囲にステルスフィールドを展開した。


 息を殺し、鼓動を最小限にまで抑え、砂を噛むブーツの足音に細心の注意を払う。たった一つのミスが簡単に命を奪うこの土地で、不用心な行動は出来やしない。前方からぎこちない動きをしながら歩み寄る警備ロボットの横を、距離を取りながら歩き、銃撃戦をする人間と群れで狩りをする外生物を遠目で見ながら安全なルートへ進行方向を修正する。ネクロスと呼ばれる死体感染するウイルス型生物兵器は、極力音のしない武器―――遺産である刀剣『へレス』で心臓を貫きウイルス共々破壊する。単体で視認した敵だけを殺しながら進み続けた俺は、やがて地下へと続く通路まで到達した。


 遺跡の表層は既に探索され尽され、何も残っていない空の宝箱のような状態だ。だが、地下は広大な都市迷宮のように複雑化されており、日を跨ぐごとに新しい発見がある。サレナが言っていた新しいエリアは地下三階の東、C―3エリアの先を塞いでいる扉の向こう側のことだろう。


 通路の向こう側に在るエレベーターを使い、地下二階まで降りた俺は非常階段で地下三階へと進む。遺跡の電源は過去の遺跡発掘者が修理、修繕してくれたおかげで各エリアの主要電源装置を起動することで電気を使用することができる。俺が来る間に誰かがC―3エリアの電源を起動したせいか、ライトを使用せずに進むことが出来る。有難いことだ。


 C―3エリアにはこれと言って用事がある訳ではなかった。以前サレナの依頼で大型情報記録装置に記録されている前文明の情報を持ち帰った際に、ついでとばかりに未発掘の遺産を回収した後一度も立ち寄っていない。サレナによれば此処に記録されている情報は機械工学類の情報ばかりであり、俺が興味を示すような情報は記録されていないそうだ。俺は入り組んだ迷路のような通路を歩き、機械腕の自動マッピング機能を頼りにC―3エリア最奥に辿り着いた。

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