恋する乙女パワー④

 ギャレック領へ嫁ぐと正式に決まった後、両親はいつまでも心配そうな顔をしていました。両親だけでなく、執事のアルバートや侍女のパメラも。

 それはそうですよね。二人にとってエドウィン様は恐怖の大魔王のような存在なのですから。


 後で聞いたのですけれど、二人にはエドウィン様が髑髏の仮面を被った二メートルを超える黒い騎士に見えていたのだそう。それはまるで死霊のようで、目が合ったら命はないと錯覚するほどだったんですって。


 何それ、怖い。幻影、見えなくて良かった。加えて魔圧ですよね? 私は感じませんが、それだけの要素があったのなら逃げ出すのも仕方ないと思います。


 ふぅ、危ない。私に魔法が効かないという体質がなければ、これまでの婚約者の方々と同じく破談になって奇跡のお顔を見られないところでした。人生、大損してるところですよ。


 でもようやく理解出来ました。私がいくらエドウィン様がかわいい人だと言っても全く信じてもらえないわけです。むしろ「頭は大丈夫か?」と心配されるくらいでしたからね。失礼な。


 これは折を見て、エドウィン様にはうちの家族にだけでも素顔を見せてもらわなければ。魔圧はどうしようもないとしても、姿だけでも違えばまだ納得出来るでしょうし。出来れば良好な関係でいてほしいですからね!


 もちろん、今すぐではありません。引っ越しやら手続きやら報告やらで、今はバタバタしていますからね。


 特に、あの髑髏領主がついに婚約者を決めた、というのは貴族界でかなりの大事件になっているようですから。

 ええ、事件扱いですよ。その相手がしがない貧乏貴族の私、ってところでガッカリすればいいと思います。うふふ!


 はい、もちろん私は周囲の反応については全く気にしていません! エドウィン様のお嫁さんになれるという幸せが全てを吹き飛ばしますからね。愛の力です。私の一方通行ですけれど。


 というわけで、両親への顔見せについては半年ほどの同居生活の間に相談させてもらうつもりです。

 ふ、ふ、ふ。そう、私たちは何も今すぐ婚姻を結ぶわけではないのです。気が変わらない内にどうか! とマイルズさんには急かされたんですけどね。エドウィン様がこうおっしゃったので。


「無理強いさせてはならない。ハナのことは……大事にしたいんだ」


 っきゃー! 今思い出しても恥ずかし嬉しいーっ! あんなにかわいいのにカッコいいだなんて反則ですよ、エドウィン様!

 まぁ、私としてはマイルズさんの言うようにすぐに決めても良かったのですけれど。


 でも、結婚未満の恋人関係というやつを楽しんでみたいとも思っていたのですぐに賛成しました。だって、恋人なんていたことがありませんし!

 恋をされているお友達は皆さんとても楽しそうだったので、少しだけ憧れはあったのですよね。自分には縁がないと諦めていましたけれど。


 ……ところで恋人、でいいんですよね? それともまだ恋人未満でしょうか。私だけが盛り上がっていますもんね。

 でも、それはそれでいいのです。私はあのおかわいらしいエドウィン様の、最も近くにいられる存在になれるのですから。それ以上を望むのは贅沢というものですよ。


 はぁ、幸せ。お仕事で会えない日もあるでしょうが、毎日のようにお姿が見られるというだけで人生勝ち組決定ですから。


 それが、誰にも理解されなかったとしてもいいのです。私が幸せだと感じているのですからね!

 ただ、それだけで満足してはいけません。いえ、私は満足なのですが、そうではなくてですね。


「エドウィン様は、どんなことに幸せを感じるでしょうか……」


 夫婦となるのですから! エドウィン様にも幸せを感じていただかないと!

 妻が私という時点である程度は諦めていただく必要があるのですけれど。だからといって何もしないわけにはまいりません。

 辺境伯夫人としてサポート出来るところはしたいと思ってますからね、これでも。出来る努力はしますよ? 美しくなれと言われれば美容の勉強もしますし。足掻けるだけ足掻きますよ、そりゃ。


 だって、エドウィン様が努力の人ですもの。私だって努力しなければとても隣に立てません。作法やマナーは気にしなくていいと言ってくれていますが、それを鵜呑みにしたくはないのです。


 またそれとは別にして、私なりにエドウィン様を喜ばせることをしたいと思っているのですよね。あとは出来るだけお手を煩わせたくないとも。


「ひと月後、でしたね。エドウィン様が我が家にお迎えに来てくださる日は」


 顔合わせの時もいらしてくださったのに、私がギャレック領に引っ越す日もわざわざ迎えに来てくださるというのです。それもエドウィン様自らですよ? 申し訳なさすぎます。

 だって、この王都とギャレック領はかなりの距離があるんですよ? 馬車だと二十日ほどはかかるんです。


 もちろん、移動には馬車の倍以上の速度と耐久力を持つと言われている魔獣車をレンタルする予定ですが、それでも十日近くかかります。

 まぁ、エドウィン様がお持ちの魔獣車はそれよりもさらに速く移動出来るそうですが。


 それでも最短で五日はかかると考えると、往復で十日以上もエドウィン様のお時間を取ってしまうのです。由々しき事態ですよ、これは。

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