2節 フリバー・ライヘルド12



 「どうしたあの子、何があった」

 リリーの家から離れた路地裏で、フリバーはブレイルに問い詰める。

 ブレイルは口を噤んだまま、少しして口を開いた。


 「……タナトスと戦ってからだ。数日後に倒れて……そのまま、毎日酷くなっていく」

 「――……」

 単純で、十分すぎるほどに理解できる言葉だった。

 フリバーは眉を顰める。今にして漸く分かる。理解して愕然とする。

ブレイルがなんであんなにも、“死”を探し回り、敵意を向けていたか。――これが真実だ……。


 「なんで、昨日言わなかった……!」 

 「……」

 フリバーの問いにブレイルは何も言わない。

 いいや、フリバーは謝罪を零す。

 思い出すのは、パルと言う少女の、悲痛なあの姿。

 あれを、伝えられる人物なんて、居るはずがない。言えるはずがない。


 フリバーは昨夜の自身の発言を思い出し、眉を顰める。

 余りにも、軽率な答えを、自分は彼に送ってしまった。

 自分でかんがえろ?ブレイルはずっと悩んでいた筈だ。

 仲間が、あんな姿になって、戻し方も分からなくて、彼が縋ったのは「死の仕業」にする事。

 “死”を倒したら、彼女は元に戻ると信じて。それを、フリバーは奪ってしまった訳だ。

 だが、謝罪なんて送られたくも無いだろう。だから、コレに関しては、口を閉ざすしかない。


 ――だが……。


 「――……いっておくが、ブレイル……」

 「――っ……分からねぇだろ!!だって、直ぐの事だったんだぞ!」

 遮る様に怒号が響く。

 その勢いに押されるように、フリバーは顔を顰めた。


 「パルは回復魔術が得意なんだ!どんな病気だって治す事が出来る。でも!!どんなに魔法を掛けても治らないんだよ!!」

 「……」

 

 フリバーにも回復魔術はある。もしかしたらと思えたが、今の一言で、その考えは無駄であると知った。

 フリバーの回復魔法は強力な物じゃない。

 だが、今の話を聞く限り、パルと言う少女はフリバーの世界で言うと回復魔術師ヒーラーだ。その存在が何も出来なかったとなれば、フリバーが叶う筈も無い。


 「――……だったら、アクスレオスってやつの所に連れていけ。“医術の神”なんだろ?」

 だから、次に思うのは、先程も話に出て来た“医術”の名。

 彼がどれほどの力を持っているか分からないが、“医術の神”を名乗るのであれば、連れて行くべきだ。

 だが、これもブレイルは首を横に振る。


 「見ただろ!動かすことも出来ないんだ!!」

 「だが――!」

 「俺には無理だ!少し動かすだけであんなにつらそうにして――!無理、なんだよ……」

 目の前の少年が頭を抱える。怒りと、苦痛に体を震わせ、今にも泣きそうな声色をしていた。

 今すぐにでも、彼女を助けたいはずだ。だが、ブレイルにはソレが出来ない。

 先ほども、少し触れただけで、激痛に耐えていたパル。あの状態で動かせるはずがない。


 「だったら、アクスレオスに――……」

 「そもそも、“医術”は頼りにならない!」

 「そんなの――……」

 「此処に来て、一度、見て貰ったけど、無理だと、アイツはさじを投げたんだよ!これは、病気でも怪我でもない……!今の俺には無理だってな――!!!」

 フリバーは口を噤む。息を呑む。

 自分は、何を愚かな助言を。小さく「悪い」と口にする。

 考えてみれば、当たり前じゃないか。フリバーが考えた事はブレイルも一番に思った筈なのだ。

 それを実行しない方が可笑しい。ブレイルにとってはあの少女は大事な存在だろう。何としてでも、直そうと奮闘するのが普通。ソレが全て無理だった。無駄だった。


 動かせず、理由も分からず。剰え、“医術の神”と言う存在にも見捨てられた。

 そうなれば、やはり、彼が唯一縋れる答えは一つしか無い。

 状況も状況だ。考えて当たり前の答えを出すしかない。


 嗚呼、それでも、やはり――。

 ――……フリバーには、“死”の仕業だと、決めつける事は出来ない。



 「――くだらないな。何でもかんでもタナトスの仕業にするんじゃない。迷惑の域を軽く超えているぞ」

 

 いま、この状況をせせら笑う様な声が、心底呆れかえる様な声が一つ。

響いたのは、その瞬間。


 違う。フリバーは大きく目を見開く。隣にいたブレイルも同じだ。

 大きく目を射開いた、体中に冷や汗が流れる。

 身体が硬直する。背筋に感じる異様な寒気。

 

 ――……ソレが、殺気だと気が付くまでに、酷く長い時間が掛かった。




  『暗殺者』


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