エピローグ ~『ハッピーエンドでの終幕』~
《転移》で移動した先はエルド領の門前である。そこには頬を膨らませたサテラが待っていた。
「リグゼくん、遅刻ですよ!」
「あれ? 時刻通りだろ」
「大人たるもの、待ち合わせ時刻の十分前集合ですよ」
「俺、子供なんだが……それにサテラは暇人だから別にいいだろ」
「失敬な、私は忙しいですよ! 今日も朝から読書しながら充実した一日を過ごしていたんですから」
「やっぱり暇人じゃねぇか」
サテラはエルド領の客人として迎えられていた。働かずとも歓待を受ける毎日に彼女はどっぷりと浸かり、無職生活を堪能していた。
(まぁ、《剣王》を領地で抱えるメリットは大きいし、文句を言うつもりもないがな)
強大な戦力はそのまま他の領地に対する抑止力になる。暇にしている彼女を厚遇することに、領内から批判の声があがらないのも、それが理由である。
「さて、今日の訓練はどうする?」
「魔物狩りはどうですか?」
「いいねぇ。残りは東側だけだからな」
西と南と北は既に制圧済みだ。主となる魔物を支配下に置き、人間を襲わないように命じている。
おかげで戦闘力のない領民でも森に入ることができるようになった。果実や薬草の採集ができるようになり、生活の一助に繋がっている。
「では早速出発するか」
「あ、待ってください。アリアちゃんが後れて合流するとのことなので、《念話》でメッセージを送っておきます」
「相変わらず仲が良くて何よりだ」
アリアとサテラは親友といえる仲だ。同姓の友人は成長の大きな糧になる。サテラが友人でいてくれることに、内心感謝していた。
「では行きましょう。私に付いてきてください」
「おう」
サテラに先導される形で森に足を踏み入れる。泥濘の大地を踏みしめながら、奥へ奥へと進んでいく。
「東側の森にはどんな魔物が暮らしているんだろうな」
「レッサーウルフやオークなど、他の森に住む魔物と生態系は似ていますよ。ただ主の強さは他の森とは比べ物にならないとか」
「へぇ~、それは楽しみだな」
西側の森を統べる主はランクCのシルバータイガーだった。強靭な爪と牙を持ち、レッサーウルフ以上の機動力もある。まさしく強敵だった。
北側の森はランクBのゴブリンロードだ。ゴブリン種の皇帝であり、ゴブリンでありながら《強化》などの魔術を扱うこともできた。身体能力も高く、まさしく皇帝に相応しい実力を秘めていた。
そして南側の森に住むグランドタートルはランクAの怪物だ。亀の魔物なので、動きは鈍重だが、その分耐久力が高い。さらに固有魔術の《重量変化》により自身だけでなく、敵を鈍化させることもでき、リグゼほどの実力者でも手を焼いた。
これほどの怪物たちを倒してきたからこそ、最強の東側の魔物の主には期待していた。
(もしかするとランクSを引き当てるかもな)
高ランクの魔物は基本的にダンジョンで暮らしている。そのため地上で暮らす魔物は弱いものが多い。
しかし主だけは別だ。すべての森の主の中で最強という噂が本当であれば、少なくともランクAは保障されている。
(戦うのが楽しみだ)
森を掻き分けて進んでいく。しかし主どころか魔物と遭遇しない。
「東側は魔物が少ないんだな」
「これは私が原因ですね」
「サテラの?」
「剣の練習のために魔物狩りを日課にしてまして。おかげで数はかなり減りましたね」
「生態系に影響がでていそうだな……」
とはいえ、サテラを責めることはできない。危険な魔物は減るに越したことはないからだ。
「でも、そのおかげで主の居場所にも検討がついています。おそらく、この先にある丘の――あ、見えてきましたよ」
茂みを抜けた先、そこには森の中にポッカリと穴が空いたように、広い丘陵地が広がっていた。その中央にはドラゴンが鎮座している。
口から牙を生やし、赤い鱗に覆われている。レッサードラゴンとは規格外のサイズに見覚えがあった。
「グランドドラゴン……」
かつてパノラが操っていたドラゴンであり、リグゼを窮地に追いやった怪物である。過去の苦い思い出が蘇ってくる。憧れた強さの象徴を前にして、口元に笑みが浮かんだ。
「リグゼくんはあのドラゴンに勝てますか」
「正直、分からない。相手はランクSの魔物だからな」
「私も勝利する自信はありません。ですが――戦ってみたいです」
「同感だ」
師弟共に強さを求める人種だ。強敵を前にして逃げる選択肢はない。
「私が前衛で戦います。リグゼくんは後衛でサポートをお願いします」
「任された」
「では早速――」
「待ってくれ。相手はまだこちらに気づいてないんだ。有利な状況を精一杯生かそう」
準備ありの状況なら、魔術の効力を底上げする詠唱が役に立つ。呪文を口にしながら、《強化》の魔術をサテラに付与していく。
「よし、これでサポートは十分だ。お互い、生きて帰ろうぜ」
「もちろんです」
サテラがグランドドラゴンへと駆けだす。急接近した彼女は、腰から刀を抜いて、グランドドラゴンの目に突き刺した。
「うごおおおおっ」
グランドドラゴンの悲鳴が上がる。鱗は鋼のように硬いが、眼球を鍛えることはできない。追撃を加えるため、リグゼは魔力を雷の矢に変えて放つ。
閃光がドラゴンの羽を貫く。上空に飛ばれると厄介なため、まずは翼を潰したのだ。
「流石にリグゼくんは優秀ですね」
サテラは刺しこんだ刀を引き抜き、もう片方の目を潰そうと動く。だがグランドドラゴンも甘い敵ではない。彼女を振り払うと、口から炎を放つ。
「サテラ!」
森を焼き尽くすほどの炎と風に包まれた彼女は、そのまま吹き飛ばされる。森の一部が燃え盛る大地へと変わった先で、彼女は気絶していた。
(遠隔だと効力は弱いが……)
《回復》の魔術でサテラの傷を癒す。これで死ぬことはないが、遠隔での治療のため、改めて戦闘に参加できるほど回復することもない。
「一対一で勝つしかないか」
相手はランクSの怪物だ。だがリグゼは知っている。この怪物に人が勝つこともできると。
(前世のアリアなら勝てたんだ。俺だって――)
リグゼは手の平に黒い炎を浮かべると、グランドドラゴンへとぶつける。炎の渦に包まれたドラゴンだが、その炎をすべて口で吸いこんでしまう。
(炎は効かないってことか)
なら闘い方を変えるだけだと、《白煙》で視界を塞ぐ。距離を縮め、彼は拳に《強化》の魔術を集中させる。
(タリー領で学んだ武術を活かすときだ)
必殺の正拳突きをドラゴンの顔に放つ。魔力を集中させた一撃は、ドラゴンの巨体さえも動かした。
「ぐおおおおおっ」
だがグランドドラゴンの意識を刈り取れるほどではなかった。怒りを彼に向け、サテラに向けたのと同じ炎を口から放つ。
森を吹き飛ばすほどの火力だ。リグゼでもそれをまともに受けることはできない。だからこそ《時間操作》で時を止め、射程の範囲外へと移動する。
その移動先とは、グランドドラゴンの懐だ。静止した時間が解除され、時が動き始めた瞬間、巨大な炎が森を焼いた。
だが次の瞬間、リグゼの拳がグランドドラゴンへと再度突き刺さる。強力な追撃に、ドラゴンの動きも鈍くなりはじめた。
(この調子なら勝てるかもな)
ダメージは着実に蓄積している。ランクSとはいえ、無敵ではないのだ。必ず限界が来ると信じ、雷の矢でもう片方の羽も潰しておく。
(《時間操作》は魔力を大きく消費するから連発はできない。だがそれはドラゴンの炎も同じだ。口の中にため込んだ魔力量を考えると、相手の方が先に底をつく)
魔力量を計算した上で、リグゼは闘いを継続していた。だからこそ勝利を確信するが、それは慢心だった。
「ぐおおおおおっ」
グランドドラゴンが咆哮をあげると、宙に無数の炎の矢が浮かぶ。
(まさか、こいつ。俺の技を学んだのか!)
ドラゴンの合図で炎の矢が降り注ぐ。炎の矢はブレスより威力も速度も遅い。ただ、その分、消費魔力も少ないはずだ。
(これを時間停止で躱すと、俺の方が先に魔力を枯渇する)
水の盾を出現させ、炎の矢を受け止める。しかし矢は完全に止まらない。盾を貫通し、炎の一部がリグゼを焼く。
それをすぐさま《回復》の魔術で治療するが、疲労は蓄積されていく。炎の矢は止まる気配がない。無数の矢をただ受けていることしかできなかった。
(俺はまた負けるのか……)
かつて戦友を殺された過去を思い出す。手も足も出ずに敗れた苦いトラウマが再び現実になろうとしていた。
「お兄様!」
聞きなれた声が届く。その声の主は十二歳へと成長したアリアである。愛らしい顔立ちに凛々しさが混じり、より魅力的になっている。透き通るような銀髪さえ健在でなければ、見合いの申し込みが今以上に殺到しただろう。
「アリア、どうしてここに⁉」
「サテラ様から居場所を教えていただきました。私がお兄様の助っ人になります」
「俺の事は気にするな。いますぐ逃げろ」
相手が雑魚なら守ってやれるが、ランクSの魔物相手ではその余裕もない。しかし彼女は言うことを聞かない。
「嫌です。私は成長しました。もう足手纏いではありません!」
アリアがそう宣言した瞬間、グランドドラゴンは大地から生み出された土塊の拳によって吹き飛ばされていた。
軌跡さえ見えない攻撃――その現象は彼女が時間を停止させたことにより起きたものだと察する。
「《時間操作》を自由に扱えるようになっていたのか……」
「驚きましたか?」
「ああ」
「ふふ、なら秘密にしていた甲斐がありましたね。さて、私はサポートに徹します。お兄様はその隙に倒してください!」
もう守られてばかりのか弱い少女ではない。彼が憧れた最強魔術師の片鱗が見え隠れするほどの成長を果たしていた。
リグゼは防御を彼女に任せ、攻撃に専念する。《錬金》の魔術で無数の剣を生成すると、宙に浮かべる。
アリアを信頼しているからこそ、彼は威力向上に集中できる。詠唱を唱え、無数の剣に《強化》を付与していく。
「宿敵よ。これで俺の勝ちだ」
強化された剣の雨がグランドドラゴンへと降り注ぐ。その刃は鋭く、鋼鉄の鱗さえも貫いた。
無数の剣で串刺しになったグランドドラゴンはその場で倒れる。まだ命はある。リグゼは自らの召喚獣とすべく、駆け寄ると契約を結んだ。
「これでグランドドラゴンも俺のものか……」
召喚獣にできたと確信を得たうえで、《回復》の魔術で治療を始める。ステイタスもしっかりと更新されていた。
――――――――――――――――――
『名前』リグゼ・イーグル
『魔力値』1500000(ランクS)
『成長曲線』ランクS
『固有魔術』
鑑定(ランクS)
召喚(ランクS)
『基礎魔術』
錬金(ランクD)
命令(ランクD)
炎(ランクE)
水(ランクE)
雷(ランクE)
土(ランクE)
風(ランクE)
回復(ランクE)
強化(ランクF)
煙幕(ランクE)
『劣化魔術』
時間操作(ランクS→ランクD)
転移(ランクA→ランクD)
『召喚獣』
グランドドラゴン(ランクS)
グランドタートル(ランクA)
ゴブリンキング(ランクB)
シルバータイガー(ランクC)
レッサーウルフ(ランクE)
――――――――――――――――――
(見ているか、パノラ。俺はとうとうお前に追いついたぞ)
パノラと同じランクSのグランドドラゴンを従えたことに感無量だと、喜びに浸っているとアリアが駆け寄ってくる。
「お兄様、やりましたね!」
「アリアのおかげだ。お前がいなければ負けていた」
「ご謙遜を……」
「いいや、心からの本音だ。俺はいつもアリアに救われている」
初対面の時からそうだった。彼がピンチになると、アリアはいつだって救いにきてくれる。彼女は彼にとってのヒーローだったのだ。
「救われているのは私の方です。周囲から醜いと蔑まれてきた私を、人として扱ってくれたのはあなただけでしたから」
「…………」
「だから、お兄様の役に立てることが嬉しいんです。私が傍にいていい理由ができたような気がして……私、これからも価値ある女になります。だから……いつまでも私と一緒にいてください」
恐怖の混じったその言葉は、心から絞り出した本音だった。彼女は知っていた。彼がアリアの婚約者を探していることを。
その真意が醜い彼女を幸せにするためだと知っていても、リグゼと結ばれたいと願っているアリアにとって、それは突き放されているように感じていた。
その心情を理解し、リグゼは頭を下げる。
「すまなかったな」
「お兄様、頭を上げてください!」
「いいや、謝らせてくれ。俺はお前の気持ちを知っていたのに、兄妹だからと無視し続けていた。でも本当は……アリアのことが好きなのに、俺は自分の気持ちを見ないようにしてきたんだ」
「お兄様、それって……」
「だから俺からも頼む。他の男に嫁がないでくれ。俺の……俺だけの傍にいてくれ」
「もちろんです、お兄様♪」
知識だけの無能だと追放された大賢者は、婚約破棄された妹と人生を共に過ごすことを約束する。二人は破滅するエンドを潜り抜け、見事ハッピーエンドを掴み取ったのだった。
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ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
これにて完結です!
もし面白ければで構わないので、
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作者の励みになります!!
また新作執筆時に通知が来るようになるので、
作者のフォローも是非お願いいたします
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また新作執筆しました!是非読んでみてください!
『ブラック労働が原因で黒の聖女と呼ばれた私は王宮から追放されました!』
知識だけの無能だと追放された大賢者。転生して『世界最強の天才』になる 上下左右 @zyougesayuu
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