第三章 ~『計画が崩れたアーノルド』~


 タリー領の領主に成り代わる計画を失敗したルーザーは、パノラに助けを求めた。


 彼が待ち合わせ場所に指定した自然公園では虫が鳴いていた。夜の帳も落ちているため、周囲は薄暗い。ウッドデッキに腰掛けながら、ルーザーは待ち人がやってくるのを心待ちにする。


「お待たせしましたね」

「おお、パノラ様!」


 人前に姿を現さないことを信条にしているはずのパノラだが、ルーザーの失敗を深刻に受け止めたのか、今回ばかりは暗闇から顔を出す。外見は外套姿のただの少女だが、漏れ出る魔力から只者ではないと伝わってくる。


「私の前に姿を晒してよかったのですか?」

「構いませんとも。それより用件を聞かせてください」

「実は……計画が失敗しまして……ですが次こそは必ず成功させてみせます!」


 ルーザーの口調は自信に満ちているが根拠はない。そのような訴えがパノラの心を動かすこともなかった。


「それで、失敗の報告をするために私を呼び出したのですか?」

「い、いえ、また協力をお願いしたいと思い……」

「あなたが領主に返り咲くことは不可能です。タリー領の新たな領主には非がなく、配下には強力な武術家集団を抱えています。つけ入る隙はありませんよ」

「では私はどうすれば……」

「何もできることはありません……あなたは役立たずですから」

「パノラ様……」

「いえ、それは言い過ぎでしたね。唯一、リグゼという少年の実力を知れたのは大きな成果です。アリアに加えて、あの兄ですからね。厄介な兄妹です」


 パノラは遠くからリグゼとランパートの戦闘を眺めていた。《武王》と互角に戦う彼は、大賢者の領域に足を踏み入れていると言っても過言ではない。


「パノラよ、面倒なことになったな」


 暗闇から足音が鳴り、新たな人影が近づいてくる。その人物をルーザーはよく知っていた。


「アーノルド王子! どうしてあなたがここに!」

「直接伝えたいことがあったからな」


 アーノルドはニッコリと笑みを浮かべると、ルーザーの腹に拳をねじ込む。痛みで膝から崩れ落ちた彼を、アーノルドはさらに踏みつける。


「や、やめてください、王子!」

「やめるものかっ! 貴様のせいで私の計画が台無しだ。どう責任を取るつもりだ!」


 アーノルドとパノラが立案した計画の真の狙いは、タリー領を乗っ取り、貴族社会に依存性のある薬物を浸透させることだった。


 薬物販売は評判悪化のリスクがある。それをルーザーに押し付けつつ、貴族たちを骨抜きにし、次期国王の選定を有利に進める算段だった。


 しかしこの計画を実行するには、売り手にも信頼が求められる。どこの誰とも分からぬ者から売られた薬に飛びつくほど、貴族たちは馬鹿ではない。


 信頼できる貴族仲間だからこそ意味があるのだ。その点、ルーザーが領主となれば、領主同士の横の繋がりが手に入る。販売員としてこれほどの適任者はいないはずだった。


 アーノルドは長年積み上げてきた計画が失敗に終わったからこそ、怒りで顔を真っ赤にしていた。踏みつける足にも力が入る。


「パノラ、どうしてこの男は失敗したのだ?」

「エルド領の兄妹に邪魔されたとのことです」

「アリアとリグゼか。クソッ、こうなるなら始末しておけばよかったか」

「それについては散々議論しましたが、関わりを持たないと結論付けたではありませんか」

「そうだったな……」


 アーノルドたちはリグゼとアリアの実力を知らなかった。だからこそ確実に勝てる保証がないなら、わざわざ虎の尾を踏む必要はないと静観していたのである。


「まぁいい。怒りは貴様にぶつけて発散すればいいだけだからな」


 アーノルドの手に炎が宿る。それだけでルーザーはすべてを察する。


「王子、馬鹿な真似はおやめください!」

「やめるわけないだろう。そもそも姿を晒した時点で察しろ。貴様は生きていてはいけない人間なのだ」


 口封じのための炎がアーノルドから放たれる。炎に包まれ、熱さを感じながらルーザーは後悔した。悪魔たちの手先になどなるべきではなかったと。

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