第三章 ~『ランパートとの殴り合い』~


「お兄様、頑張ってください!」

「任せておけ」


 アリアの応援を受けておきながら敗れるわけにはいかない。


「まずは腕試しだ。『跪け!』」


 相手に自分の指示を強制する《命令》の魔術を放つ。この魔術は相手が一定以上の強者だと通じない制約を持つため、実力を測るには最適だった。


 結果、ランパートに変化はなかった。全力を発揮するに値する敵だと認識する。


「私は《武王》だぞ。そんな魔術が効くか」

「武術の最高峰だものな。そんな相手と戦うなら、やっぱり拳でかな」

「その細腕でか?」

「非力さは魔力で補うさ」


 《強化》で身体能力を向上させると、一気に間合いを詰めて、拳を顔面に叩き込む。その一撃はランパートを吹き飛ばしたが、次の瞬間、彼が姿を消す。


 《転移》の魔術で移動したのだと悟った瞬間にはもう遅い。ランパートの反撃の蹴りが突き刺さる。衝撃で肋骨を折られながら、石畳の街道を転がる。


(折れた骨は《回復》の魔術で治癒できるから問題ないとして……困ったな。《転移》の魔術は予想以上に厄介だ)


 どこに転移してくるかを読めないため、狙い撃ちすることもできない。使われる前に潰すことも、武術が相手だと困難だ。


(でもやり方はあるかな)


 リグゼの掌に高濃度の魔力を宿した黒い炎が灯される。


「子供だと油断してはマズイようだな……」


 炎だけでリグゼが高位に位置する魔術師だと悟ったのか、ランパートの瞳に警戒が宿る。


「本気を出した方が賢明だぞ。でないと死ぬからな」

「忠告は受け取っておこう」


 黒い炎が矢となって放たれる。音速さえも超えたスピードはランパートを捉えたと思われたが、彼はその炎を手で受け止める。正確には《転移》の魔術で炎そのものを別の場所に飛ばしたのだ。


「予想以上に便利な能力だな。でも対策はある」


 遠距離からの攻撃を無力化されるなら、接近して戦うしかない。ゆっくりと彼の元へ近づくと、互いがピリピリとした空気を放つ。


「先番はやろう」

「なら遠慮なく」


 拳を後ろに引き、学んだばかりの正拳突きを放つ。魔力で強化した拳は目で追うことすらできないほど速いが、ランパートはそれを手刀で叩き落す。


 そして二人の激闘が始まった。リグゼは拳と蹴りを連続で放ち、それをランパートが華麗に捌いていく。


 武術の腕はランパートに軍配が上がるが、リグゼはそれを圧倒的な魔力による身体強化で補っていた。


「埒が明かないな」


 ランパートがぼやくと、彼の姿が消える。《転移》の魔術で背後に回り込み、不意打ちを放とうとしたのだ。


 だがその目論見は崩れ去る。ランパートの意識が飛んだかのように、一瞬にしてリグゼが消える。そして次の瞬間、あろうことか彼の拳が腹部に突き刺さっていた。


 強力な打撃でランパートは吹き飛ぶ。何が起きたのかを思案し、すぐに答えへと辿り着く。


「《時間操作》の使い手がいると聞いたことがある。貴様がそうか?」

「ご明察。お前が消えた瞬間に時間を止めて、背後に移動したことを確認。そして反撃を加えたのさ」


 ルーザーたちの考えていた通り、《時間操作》は《転移》の魔術の天敵だった。消えた瞬間にどこにいるのか確認されては、強みである不意を打つことができないからだ。


「なら私も闘い方を変えるしかないか」


 ランパートは立ち上がると、拳を後ろに引いて、正拳突きの構えを作る。距離が遠すぎるのになぜと疑問が浮かぶが、放たれた瞬間にその答えを知る。


 拳だけが《転移》の魔術で移動し、リグゼの腹部に突き刺さったのだ。《強化》で威力が増した一撃は彼の臓器を破壊する。


(まさか拳だけ転移もできるとは……ふふふ、知れてよかった。今日は素敵な日だ)


 痛みに耐えながらも、新たな学びを糧とする。込み上げる笑いは止まらない。


「強がりの笑いか? 余裕はもうないだろう。降参するなら、許してやるがどうする?」

「まさか。こんな楽しい闘いを止めるはずないだろ」

「だが身体はボロボロのはずだ」

「悪い癖でね。相手の実力の底を知りたくて、ワザと拳を受けただけだからな」


 それが強がりでないと証明するように、リグゼは怪我を《回復》の魔術で癒すと、いつものような平静さを取り戻す。


「《転移》の魔術との闘い、実に楽しかった。でも遊びの時間は終わりだ。俺も本気を出すとしよう」


 魔力の出力を大幅に増加させる。大気が震えるほどの魔力量に、ランパートはゴクリと息を飲んだ。


「化け物が」


 その呟きが形となるように、《錬金》の魔術によって宙に数万の剣が生成される。


「これなら一本、一本を《転移》の魔術で飛ばすような真似もできないだろ?」


 剣が雨のようにランパートに降り注ぐ。ギリギリのところで彼はその剣を躱し続けるが、数が多いため限界がある。


「まだ私は負けていない!」


 躱し切れないと判断したのか、ランパートは《転移》で姿を消す。


 地上だとどこに逃げても剣の雨は降ってくる。そこで彼は雲よりもさらに上空へと転移していた。


「やっぱりここに逃げてきたか」

「馬鹿な!」


 空にはリグゼが待ち構えていた。ありえないと、目に見える事実を否定したくて、驚愕を口にする。


「地上は俺の魔術の攻撃範囲だ。なら逃げる場所は上空だと予想するのは容易い」


 まるで狩人が獣を追い詰めるときのように計算付くだった。心の中で敗北を悟る。


「これで終わりだ」


 踵落としがランパートに落とされる。《時間操作》が発動していたのか、衝撃だけが彼の頭に広がった。


 ランパートは地上へと落下し、石畳へと叩きつけられる。剣の雨は既に止んでいたが、落下の衝撃で身体を動かすことはできない。


 天使のようにフワリと地上へ降りてきたリグゼは、彼を見下ろす。闘う意思がまだあるのかと問う視線に、ランパートの戦意は折れた。


「私の負けだ。貴様のような化物がいるとはな」

「化物か……でもな、俺より強い奴も世界にはいるんだぜ」


 少なくとも全盛期のアリアは現在のリグゼより遥かに強い。《武王》に勝てたからと慢心することはできない。


「お兄様、やりましね♪」


 アリアが嬉しそうに駆け寄ってくると、ギュッと彼に抱き着いた。


「どこか怪我とかしていませんか? 私の《回復》の魔術で治しますよ」

「俺は無事さ。それよりランパートを治してやってくれ」

「構いませんが、よろしいので?」

「ああ。こいつはそんなに悪い奴じゃなさそうだからな」


 兄のお願いを断るアリアではない。素直にランパートの傷を癒す。


「兄さん、ありがとうございました。おかげで父さんを止められました」


 レンが頭を下げると、続くようにランパートを見据える。


「父さんもありがとうございます。僕のために悪者を演じてくれて」

「何を馬鹿なことを。私は本物の悪党だ」

「もういいんです。すべて分かっていますから……僕が領主になった時、まだ若いからと裏切る者が出てくるかもしれない。父さんを擁立しようとする可能性もある。だからワザと悪党の振りをしてくれたのですよね?」

「…………」


 ランパートは何も答えない。だがリグゼにも心当たりがあった。炎魔術を転移させて防いだ時、なぜ自分にその炎を向けなかったのか。


 また殴る時も致命傷となる顔ではなく、《回復》で治療することを見越して腹部ばかりを狙っていたことも、彼が本物の悪党ではないと知った理由だった。


「ははは、さすがは私の息子――いや、新たな領主よ。私は貴様の下で働こう。文句はないな?」

「もちろんです、父さん」


 二人は笑い合う。崩れていた親子の絆がシッカリと結ばれたのだった。

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