第三章 ~『陰謀の真相』~
ゲイザーを倒したリグゼたちは街の中へと入っていく。石畳の街道を馬車が進むが、人の姿は見えない。立ち並ぶ商店は閉店中の看板を立てかけていた。
「にぎやかな街だったのでしょうね」
「盗賊が占拠している状態で営業はできないからな。平穏を取り戻せば、きっと活気が戻ってくるさ」
「そうですとも! そのためにも、あの悪魔を倒さねば!」
ルーザーの口から実の兄を詰る言葉が続く。そこに違和感を覚えた。
(後ろめたいことを隠すために口数が多くなっているように見えるな)
その秘密をレンなら知っているはずだ。焦る必要はないと瞼を閉じると、車窓から騒がしい声が届き、馬車が急停止する。
聞こえてくる声が野太い男たちのものであるため、盗賊たちとトラブルになったのだと察する。
「様子を伺ってくる」
「私もお兄様に付いていきます」
「駄目だと言っても聞かないよな……ルーザーはどうする?」
「私はここで隠れています」
「賢明だな」
盗賊たちから恨みを買っているため、姿を晒したくないのだろう。彼を残してキャビンから降りると、人相の悪い男たちに囲まれていた。
黒装束に身を包んだ彼らは、武術を得意としているのか、ただの魔術師とは比較にならないほどに肉体が鍛えられている。
「おい、こっちにジンの奴がいるぞ」
「ルーザー派のてめぇが俺たちの前によく顔を出せたな」
険悪な雰囲気に包まれていく。そんな彼らを掻き分けて、人影が近づいてくる。その人物はリグゼの良く知る人物だった。
「レン、どうしてここに?」
「兄さんこそ⁉」
驚きの再会だった。だが二人が顔見知りであることを盗賊たちも驚いていた。
「この少年はレン様の知り合いで?」
盗賊の一人が恭しい態度で訊ねる。
「エルド領の領主であるリグゼ兄さんです」
「我らの主がお世話になったという……これは失礼しました!」
盗賊のたちが一斉に頭を下げる。事情を呑み込めずにいると、レンが頬を掻く。
「皆とは友人になったんです。おかげで暴れるのを止めてくれました」
「話し合いで解決したと?」
「はい。彼らの動機はシンプルでしたから」
恵まれているならば盗賊に堕ちることはない。犯罪に手を染めたのには訳があった。
「すべての始まりは叔父さんが領主代行に就任したことでした。あの人は父さんを慕っていた武術家を一斉に解雇したのです」
「それでルーザーを恨んでいたのか……話が繋がったな……」
「だから約束したのです。僕が彼らの雇用を取り戻すと」
まっとうに働いて食い扶持を得られるならそれに越したことはない。だからこそ盗賊を止めると約束してくれたのだ。
「だが被害に遭っていた領民は納得するのか?」
「彼らが襲っていたのは叔父さんと共犯の商人が中心でしたから。無実の人には手を出していないので、納得してくれると思います」
「共犯の商人?」
「それに関して、叔父さんと話がしたいです……馬車の中にいますよね?」
宿敵が隠れていると知り、盗賊たちが殺気立つ。それを静止したのは、レンだった。
「叔父さん、彼らに危害は加えさせませんから観念して出てきてください。あなたが護衛であるジンさんを傍から離すはずがありません。ジンさんがここにいる以上、近くにいると僕は確信していますから」
レンの呼びかけに観念したのか、キャビンからルーザーが姿を現す。恐怖に怯えているのか、膝が笑っていた。
「わ、私の安全は保障してもらうぞ」
「もちろんです。皆も手を出さないでしょう」
歯を剥き出しにして怒りを露わにはしているが、レンの意見を尊重して、暴力に訴える者はいない。盗賊たちを完全なる支配下に置いていた。
「それで私に話とはなんだ?」
「まずは彼らに謝罪を」
「私は悪くない! ただ危険分子を排除しただけだ!」
「ですが彼らを苦しめたことは事実です。職を失ったことで妻子を養えなくなり、家族と別れることになりました。一言謝るのが筋だと思います」
「――っ……この私が平民どもに謝罪するだとっ」
そう口にしながらも、ルーザーは歯を噛み締めるばかりで、頭を下げようとしない。
「叔父さんの意思は固いようですね。なら僕も覚悟を決めます」
「覚悟?」
「あなたはクビです。今日から僕が正式な領主だ」
「な、何を馬鹿な! 私を追放すれば、領軍が黙っていないぞ」
領軍にはジンを含めた強力な戦力が揃っている。牙を剥けば、恐ろしい敵になる。
「ジンさんに訊ねます――帝国の手先となっていた叔父さんと僕、あなたはどちらの味方ですか?」
「帝国の手先?」
「ジンさんは知らなかったんですね。叔父さんは帝国の命令で領内に薬物をばら撒いていたのですよ」
レンは懐から液体の詰まった小瓶を取り出す。それを見たルーザーは動揺を滲ませるが、レンの追求は続く。
「販売していたのは叔父さんの共犯者である商人たちです。それを知っていたからこそ、皆さんは盗賊に堕ちてまで、薬物の広がりを阻止したんですよ」
話のすべてに筋が通る。彼らをクビにしたのは、ランパートを慕っていただけではなく、薬物販売の邪魔をしていたのも理由だったのだ。
「もう一度、ジンさんに訊ねます。あなたの領主は誰ですか?」
「それは……レン様こそが我が主です」
「貴様ああああっ!」
怒りを露わにするルーザーだが、彼に味方する者はいない。怒鳴り声だけが響き、鳴りやむと静寂がやってくる。
その静寂に、男の笑い声が重なった。
「クククッ、相変わらず無様な男だな」
「この声は……ランパート!」
タリー領最強の《武王》が姿を現す。その表情には侮蔑が浮かんでいる。
「私の息子に敗れた貴様に価値はない。潔く立ち去れ」
「うぐっ……クソッ、貴様ら親子にいつか復讐してやるからな。覚えていろ!」
捨て台詞を残して、ルーザーは逃げ去る。周囲に敵しかいない状況で勝ち目がないと悟ったのだ。
「父さん、約束を果たしたよ。僕が彼らを従えたなら、暴れるのを止めてくれるんだよね?」
「クククッ、確かに約束したな」
「まさか破るつもり?」
「その必要はない。約束は盗賊たち全員を従えたらだからな……まだ私が残っているだろう?」
「そんなの屁理屈じゃないか!」
守られることがなかった約束だと知り、レンは怒りを露わにする。だがそんな彼の激情も虚しく、ランパートの拳が腹部に突き刺さる。
吹き飛ばされ、商店の看板に激突する。口端から血を流すレンに真っ先に駆け寄ったのはアリアだった。
「アリアさん……」
「あの時の借りは返します」
魔力を治癒の力に変える《回復》の魔術を発動させると、彼の顔色が次第に良くなっていく。その光景を眺めていた盗賊たちは、レンを庇うようにランパートへと立ち向かう。
「ランパート様、止めてください! 息子ですよ!」
「関係ない。私にとってはただの敵だ」
「なら俺たちも、あなたの敵になります」
師匠と新たな主人。どちらの味方に付くか、彼らの中で答えが出たのか、明確な敵意を向ける。
「愚か者どもが。貴様らが束になっても私には勝てないと知っているだろう」
「で、でも、レン様は希望をくれた。この恩に報いないわけにはいかない」
「ククク、口だけは威勢がいいな。あとはその震えを止めることだな」
盗賊たちは立ち向かいながらも、歯を鳴らして怯え、膝をガタガタと震わせていた。恩義のおかげで闘争心を保てているが、本能だけは正直だった。
だが唯一、怯えずに立ち向かう者がいた。口元に弧月を描き、ランパートの前に立ちはだかる。
「なんだ、お前は?」
「レンの兄さ。そしてお前を倒す男だ」
最強の武術家と最強の魔術師。二人の最強は火花を散らすのだった。
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