第三章 ~『ゲイザーとの接触』~


 旅行という名目でエルド領を飛び出した一行は、レンを追いかけるため、馬車を走らせていた。


 ガタガタと揺れる畦道から覗かせる景色を、キャビンの車窓から楽しんでいた。


「お兄様との旅行は二回目ですね♪」

「エルド領への移動が旅行にカウントされるならそうだな……でもまぁ、欲しいものは領地でだいたい揃う。旅の必要がなかったからだな」


 炭鉱で働く男たちを満足させるため、温泉や歓楽街が領地に内包されており、エルド領はそれだけで完結していた。わざわざタリー領まで足を運ぶ理由もなかったのだ。


「でも次は二人っきりで旅行がしたいです」


 アリアは肩を寄せながら、目の前に座るルーザーに鋭い視線をぶつける。御者のジンを含めて四人だけの少人数の旅である。


 これにはもちろん理由がある。人数が多ければそれだけ目立つことになるため、盗賊たちに発見されるリスクが上がる。


 それに何より、護衛の兵士を百人連れてくるより、リグゼ一人の方が戦力として頼りになるからだ。


「でも聞いていたほど治安は悪くないな」

「奴らが狙うのは商人ばかりです。この辺りは貧乏人しか住んでいませんから、被害を受けていないのでしょう」

「…………」


 話の筋は通っているが、本当に悪辣な盗賊は遊び目的で罪のない民を襲うことも多い。意外と分別のある盗賊たちに驚いていると、街の入場門が見えてくる。


「そこの馬車、止まれ!」


 入場門で見張りをしていた男が近づいてくる。黒装束に身を包んでいるが、丸太のように膨らんだ腕は隠し切れていない。武術家だと推察するのは容易だった。


「この声は……私は隠れますので、いないことにしてください!」

「あ、ああ」


 見張りの男と知り合いなのか、窓の外から見られないように、キャビンの端で蹲る。その声には恐怖が入り混じっていた。


「もしかして、お前、ジンか⁉」

「ゲイザー先輩。どうしてここに⁉」

「それはこっちの台詞だ。久しぶりだな」


 ゲイザーと呼ばれた男はジンと談笑を始める。その声はキャビンにまで届くほど大きかった。


「ジン、お前はルーザーと一緒にいたはずだろ」

「はい。ですが嫌になって逃げてきました」

「おおっ、そうか! なら歓迎する。ルーザーの奴を討つために、今は一人でも戦力が欲しいからな……ところで、キャビンの中にはなにが?」

「それは……旅のための道具です」

「調べてもいいよな?」

「私のことが信頼できないのですか?」

「信頼とは別問題だ。お前の知らないところで、ルーザー陣営の人間が紛れ込んでいるかもしれないからな。念のためのチェックだよ」


 このままだとルーザーが隠れていると露呈する。ジンの額に汗が浮かんだ瞬間、キャビンの扉を開いて、リグゼが姿を現す。


「この子は?」

「俺は……そう、ジンの隠し子だ」

「なるほど。お前が隠しておきたかった理由はそれか」


 一応の納得を示すゲイザーだが、瞳に浮かぶ疑念は消えていない。


「ジンとは似ても似つかないな」

「母親似だからな」

「……やはり検めさせてもらう!」


 疑いを晴らし切ることができなかったのか、キャビンの中を強引に確認される。そこには陰で怯えるルーザーの姿があった。


「どういうことだ、ジン! なぜルーザーがここにいる! まだこのクズに仕えているのか⁉」

「嘘を吐いたことは謝罪します」

「なぜこんなクズに忠誠を尽くす」

「クズでもランパート様よりはマシですから。あの人の領地運営の無能っぷり。忘れたとは言わせませんよ」

「うぐっ……まぁ、確かにランパート様は酷い運営をしていた」


 領地運営には金勘定から始まり、治水や福祉などの様々な知識が求められる。だがランパートは武術こそ最高峰に位置しているが、それ以外の知識を学ぶことが苦手だった。当然、領地運営は滅茶苦茶になる。


「同じクソなら、まだルーザー様の方が相応しい。私はそう判断したのです」

「それなら安心しろ。我らは新たな主を見つけたからな。きっとお前も気に入るはずだ」

「そんな人物が……」

「だからルーザーはここで始末する」


 怯えるルーザーを捕まえようと、キャビンに乗り込もうとしたゲイザー。そんな彼を止めたのはリグゼだった。ゲイザーの腕を掴むと、引き離すために放り投げる。


 子供とは思えない力で吹き飛ばされたゲイザーは、受け身を取って、すぐさま立ち上がる。その一瞬のやりとりで、彼が只者でないと気づいたのか、臨戦態勢を取る。


「お前、いったい何者だ?」

「エルド領のリグゼだ。俺もルーザーは嫌いだが、弟の親戚を見殺しにするわけにもいかないからな」


 その言葉に瞳を輝かせたのはルーザーだった。


「リグゼ様、私のために頑張ってください!」

「お前から応援されるとやる気が削がれるんだが……」

「そんなぁ……でも注意してください。ゲイザーはジンの前に領軍の団長だった男。兄を除けば、領内最強の武術家です」

「へぇ~それは楽しみだ」


 弱い奴と戦っても学べるものはない。魔術の研鑽は命を賭けた闘いでこそ得られるのだ。


「先手はやる。本気で来いよ」

「舐めやがって……」


 ゲイザーは《強化》で身体能力を一気に上昇させると、目にも止まらぬ速度で接近する。そしてリグゼの顔に正拳突きを放った。


(躱すのは容易だが……食らってみるか)


 顔の頑丈さを強化し、ワザと拳の直撃を受ける。常人なら肩から上が吹き飛ぶ威力だが、彼の膨大な魔力量は、ダメージを消し去った。


「私の拳を受けきっただと……」

「でも悪くなかったぞ。さっきの正拳突きも、今まで戦った武術家の中だと最高レベルだ。型がしっかりと身体に馴染んでいる証拠だな」


 魔術は制限を設けることで威力を向上できる。彼の正拳突きも、型を守ることを制約とすることで《強化》の効力を底上げしたのだ。


「折角の機会だからな。俺も合わせてやる」


 一目見ただけで凡その魔術を解き明かせるリグゼだ。武術の動きを真似ることも難しくない。腕を引いて、正拳突きの構えを作る。


「ハッタリだ。できるわけがない」


 だがリグゼは動きを再現した。放たれた拳は、ゲイザーの腹部に突き刺さり、彼の膝を折る。広がっていく衝撃に、彼はそのまま意識を失った。


「ありがとうな、おかげで俺はまた強くなれた」


 倒れ込む強敵に頭を下げる。最強への道に、また一歩近づいたのだった。

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