第三章 ~『誘拐の結末★ルーザー視点』~


~~『ルーザー視点』~~


 アリアを誘拐した男は、路地裏で足を止める。背後から迫ってくる気配の主を出迎えると、軽く頭を下げた。


「計画は成功ですね、ルーザー様」


 誘拐犯が語り掛ける声は上役に向けるものだ。追手だったはずのルーザーは、ニヤリと笑みを浮かべる。


「ちゃんと生かしているだろうな?」

「もちろんですとも。ですがいまだに、この少女が《時間操作》の使い手だと信じられませんよ」

「年齢で油断するな」

「分かっていますよ。あとは無事に連れ帰るだけですが、レンたちは上手くやっているのでしょうか?」

「レンの誘拐を任せたのは、逃げるのに特化した魔術師だ。今頃、逃げ切っている頃だろうな」


 途方に暮れるリグゼを想像し、ルーザーは喉を鳴らして笑う。生意気なガキに意趣返しができたと、心を弾ませた瞬間、アリアがピクリと反応する。淡い光に包まれた彼女は目を覚ました。


「馬鹿な……気絶していたはずなのに……」


 驚愕は一瞬の間を生む。その隙を狙い、彼女は《時間操作》の力で誘拐犯から逃れた。


「一定時間、意識がないと、《回復》の魔術を自動発動するようにしておいたのが功を奏しましたね」

「そんな高度な技を……いや、それよりもどうやって俺の手から逃れた⁉」


 誘拐犯の問いにアリアは何も答えない。だが彼は悟っていた。消えたように脱出した魔術に心当たりがあったからだ。


「《時間操作》……まさか本当に……」


 ゴクリと息を飲む。信じていなかったわけではない。だが本物を体感した今だからこそ、その衝撃が全身を包み込んだ。


「お兄様とのデートを邪魔されたのです。覚悟はできていますね?」

「――――ッ」


 少女とは思えない魔力を纏い、アリアは必殺の魔術を放とうとする。だが途中で矛を収める。彼女の良く知る魔力が全身を包み込んだからだ。


「な、なんだ、この魔力は⁉」


 恐怖を具現化したような魔力に触れ、ルーザーたちの身体の震えが止まらなくなる。


「ルーザー様、まさかこれは!」


 魔力の主に心当たりがあった。答え合わせをするように、人影が姿を現す。そこには黒髪黒目の少年――リグゼがレンと共に立っていた。


「見つけたぞ」


 蛇に睨まれた蛙のように、誘拐犯は恐怖で膝が震えだす。一歩ずつ近づいてくるリグゼを前にして、彼は懐からナイフを取り出す。


「ち、近づくと、お前の妹を殺すぞ」


 陳腐な脅し文句を受け、リグゼは鼻で笑う。次の瞬間、彼は劣化版の《時間操作》を発動させ、時を止める。


 停止している時の流れの中では、ナイフを突き刺すことはできない。間合いを詰めると、一秒が経過して時が流れ始めた。


「お、お前、まさか……あの魔術を……」

「知る必要あるか?」

「え?」

「だってさ……これからお前は死ぬんだぞ」


 リグゼの掌に黒い炎が浮かぶ。その禍々しさに、誘拐犯は涙を零す。


「な、なぜ、炎が黒く……」

「《炎》の魔術発動時に、限界値まで魔力を込めると、黒い炎に変わるのさ。魔術の深淵に触れられたことに感謝しながら――死ね」


 炎が誘拐犯を包み込む。その火力は一瞬で肉体を消し炭へと変え、この世から男の命を消し去ってしまった。


「これで悪党は消えたな。次はと――」


 リグゼの視線がルーザーに向く。


「さ、さすがはリグゼ様です」


 誘拐犯とグルだったと露呈しないか、内心でひやひやしながら、賞賛を伝える。だがリグゼの瞳は冷たいままだ。冷めきった空気に耐えられず、ルーザーは頭に浮かんだ疑問を投げかける。


「リグゼ様は《時間操作》が使えるのですか?」

「…………」

「さすがは公爵家の嫡男だ。若いのに優秀ですね」


 お世辞と共に拍手を送るが、リグゼの表情に変化はない。怖い。今すぐ逃げ出したい恐怖に駆られていると、彼の口元に小さな笑みが浮かぶ。


「ところで……誘拐犯がお前のことをルーザー様と呼んでいたが、あれはどういうことか説明してくれるよな?」

「――ッ⁉ あ、あの、それは……」


 公爵家の令嬢を誘拐したと知られれば、領地間の戦争に発展してもおかしくはない。さらに外交上の問題だけではない。誘拐犯だとグルだと知られれば、今度は自分が黒い炎に包まれることになる。


「あ、あの、実は……そ、そう、私はタリー領では名君として知られていましたから。この者もきっと同郷なのでしょう。賊に堕ちても、私への敬意を忘れられなかったのだと思います」

「ふーん。そうなのか……」

「納得いただけましたか?」

「するわけないだろ。ただアリアは無事だし、お前はレンの叔父だからな。今回は見逃してやる」

「あ、あの……」

「だがもし次同じことが起きれば……どうなるか分かるよな?」

「はい……」


 リグゼは彼が共犯だと確信していた。だからこそ尋問をして、情報を引き出すような真似をしない。


 もし領主代行のルーザーが誘拐犯だと露呈したら戦争に発展する。そうなれば雑事に終われ、魔術の研究にも支障をきたすからだ。


「お兄様、助けに来てくれてありがとうございました」

「俺の功績じゃない。レンのおかげだ」

「この子のですか?」

「ああ。誘拐犯の居場所を教えてくれてな。だからこそ、救い出せた。感謝するならレンに感謝してくれ」

「…………」


 ムスッとした顔でアリアは逡巡する。気に入らない弟とはいえ、救われたことは事実だ。感情を抑え込み、彼女は頭を下げる。


「レン様がいなければ、私はお兄様に迷惑をかけるところでした。救ってくれたことに感謝します……だから、その、あなたが弟であることを認めます」

「アリアさんが僕の姉さん……」

「勘違いしないでくださいね。ただ弟として認めるだけで、あなたのことは嫌いなままです……だから私と結婚できるなんて思わないでくださいね」


 想像の斜め上の返答に呆気に取られながらも、レンはアリアと姉弟の絆を結ぶ。二人が仲良くなれたことを見守りながら、リグゼは嬉しそうに微笑むのだった。

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