第三章 ~『レンの救出』~
街へと出かけた一行は、目抜き通りで観光していた。もっとも案内されているはずのルーザーは、緊張感を表情に滲ませていたのだが。
(あいつ、楽しんでないのか?)
わざわざ案内を頼んできたのにどういう了見だと問い詰めたくなるが、グッと怒りを我慢する。
大切なのはルーザーの案内ではなく、アリアとレンの仲を取り持つことだからだ。
「この街を歩いていると、レンと出会った頃を思い出すな」
「あの時に頂いたリンゴ飴は本当に美味でした」
レンが嬉しそうに語ると、アリアがムッと頬を膨らませる。
「私はお兄様にクマのお人形を頂きました。いつでも添い寝していますし、私の勝ちですね!」
「いったい何の勝負だ……」
呆れた笑みを零しながらも、アリアとレンに視線を配る。二人が仲良くなる気配はない。リグゼを巡って、嫉妬の炎に燃えているからだ。
(まさかアリアのブラコンがこんなにも厄介だとはな……)
いつかは離れていくと信じていたが、九歳になった現在、兄への依存は強くなる一方だ。
(反抗期になると変わるのか……ううむ、分からん)
「そこのお兄さん」
解決策を思案していると、客引きに声をかけられる。懐かしのリンゴ飴の販売だった。
「うちのリンゴ飴は甘くて美味しいよ。どうだい? 買っていかないかい?」
「お兄様、私食べたいです⁉」
「やれやれ、可愛い妹の頼みは断れないな」
「やったー、お兄様大好きです♪」
こんな風に甘やかすから依存されると分かっていても止められない。懐から銀貨を取り出し、渡そうとした瞬間、問題が起きた。
周囲を白煙が包み込んだのである。火事を疑う観光客の悲鳴が木霊し、目抜き通りはパニックに陥る。
(火事だとしても、この煙の量は異常だ。十中八九、魔術によるもの)
明らかになっていない術式だが、構造はシンプルだ。千の魔術を読み解いてきたリグゼにとって解析は容易い。
(なるほど。《煙幕》の魔術か。初めて知る魔術だが、既にその真理は俺のものだ)
リグゼが手に魔力を集中させると、白煙がそこに凝縮されていく。煙が晴れると、パニックが収まり、声もやむ。
だが両隣にいるべき、アリアとレンが姿を消していた。
(俺の妹と弟を誘拐する奴がいるとはな……)
怒りで魔力が沸々と放出される。《強化》の魔術で視力を上げて、周囲を探ると、前方と後方にそれぞれアリアとレンがいた。
「二手に分かれたか……」
人手がいればと願っていると、ルーザーと目が合う。彼も状況を把握したのか、部下たちに命ずる。
「我々はアリア様を救出に向かいます! リグゼ様はレンを頼みます」
本当はアリアを先に助けたかったが、申しでられては断ることは難しい。
(それに一人目をすぐに片付けて、アリアを救えばいいだけだ)
《強化》で視力と脚力を強化し、人混みの動きを目で読みながら、切り分けて進んでいく。
リグゼは徐々に距離を縮めていく。迫ってくる彼を突き放すため、レンを攫った男は、商店の屋根に飛び乗った。
(それは悪手だと思うがな)
通行人という障害物がなければ、本気の脚力で追いつくことができる。リグゼも屋根の上に昇ると、弾丸のように跳ねた。
一瞬で距離を縮め、リグゼは誘拐犯の前に立つ。レンは口をハンカチで塞がれていて話せない中、何かを伝えようと、うめき声を漏らしていた。
「もう逃げられないと理解しているよな?」
リグゼの言葉に覚悟を決めたのか、誘拐犯は両手を前にして構えを取る。
(武術家か……さっきの白煙がこいつの仕業だとすると……)
誘拐犯は特徴的な格好をしていた。白装束に、白い狐の仮面で顔を隠している。彼の戦闘スタイルを想像するのは容易い。
「お前はこれから敗れるわけだが、アリアがどこにいるか白状するつもりはあるか?」
「…………」
「会話は嫌いか? まぁいい。すぐに吐かせてやるさ」
先に動いたのは誘拐犯だった。《煙幕》の魔術で、白い煙で周囲を覆う。それと同時に蹴りが頭に命中した。《強化》の魔術でダメージはないが、煙の向こうの誘拐犯は驚いていないようだった。
(予想通り、白ずくめの格好は煙幕に紛れるためか。武術家としてのレベルもさほど高くなさそうだし、サクッと倒して終わりにするか)
《強化》で視力を向上させ、煙の中の僅かな動きを目で追えるようにする。煙の中、迫ってくる拳。それを受け止めると、引き寄せて顔に拳を叩きこむ。狐のお面がコナゴナに砕け、誘拐犯は倒れ込んだ。
「レン、無事か⁉」
口を塞いでいたハンカチを取ると、彼は冷静さを取り戻すために息を吸い込む。やはり利発的な子だと感心する。
「状況を知りたい。この誘拐犯に見覚えはあるか?」
「いいえ。でもアリアさんの場所なら分かります」
「本当か⁉」
「この人が仲間と《念話》の魔術で話しているのを聞きましたから。きっとそこで合流するはずです」
《念話》とは離れた相手と会話ができる基本魔術だ。レンが子供だからと油断して居場所を漏らしたのだろう。
「よくやった。さすが俺の弟だ」
「えへへ、僕は兄さんの弟ですもんね」
「随分と嬉しそうだな」
「まさかアリアさんより僕を優先して助けに来てくれるとは思いませんでしたから……不謹慎ですけど、なんだか嬉しくて……」
本心ではアリアを追いかけたかったとはとても口にできる雰囲気ではない。だが当人が幸せそうなら誤解したままでもいいかと、リグゼは彼の案内に従うのだった。
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