第三章 ~『レンやアリアとの談笑』~


 グノムとの話を終えたリグゼは執務室へと戻っていた。心のモヤモヤはいまだ晴れないが、こういう時は魔術書を読みに限ると、ページを捲っていると、扉を小さくノックする音が届く。


(こんな時に誰だよ)


 無視するわけにもいかないため、「入れ」との答えを返す。


「失礼します」


 扉が開き、レンが姿を現す。彼は部屋を眺めて驚きで目を見開く。待っていたのが贅を凝らした貴族の私室ではなかったからだ。壁を埋めるように棚が置かれ、分厚い本が並べられている。


 リグゼは読んでいた魔術書を机の上に置いて、レンへと顔を向ける。


「どうかしたのか?」

「少し話がしたくて……でも驚きました。僕と二歳しか変わらないのに、難しい本を読まれているのですね」

「魔術研究は趣味のようなものだからな。好きなことを学ぶのは苦じゃないだけだ」


 心からの本心だったが、レンは謙遜と受け取ったのか目をキラキラと輝かせる。


(やっぱり悪い子ではないな)


 絵に描いたような善人そのものである。ジッと彼を見ていると、額から血が出ていることに気づく。


「レン、その怪我は……」

「こ、これは、さっき転んで……」


 さすがに叔父に灰皿を投げられたとは言えないため、レンは咄嗟に嘘を吐く。誰が聞いてもすぐに分かるような嘘だが、リグゼは深く聞かずに《回復》の魔術を発動させる。


 淡い光に包まれ、怪我が最初からなかったかのように塞がっていく。暖かい魔力の光が、彼の表情を穏やかなものへと変わた。


「兄さんは優しい人ですね……」


 タリー家には、レンが怪我をしたからと手当てをしてくれる者はいなかった。盗賊たちの親玉の息子として腫れ物のように扱われてきたからだ。リグゼが本当の兄だったらよかったのに。そう願わずにはいられなかった。


「お兄様、ここにいらしたのですね」


 ノックを鳴らし、アリアが入室してくる。


「アリアの方こそ、今までどこに?」

「私の事はよいではありませんか」


 流れるような動作で、リグゼの膝の上に乗ると、鋭い視線をレンに向けた。


「アリア、レンのことだが……」

「認めませんから! お兄様の兄妹は私だけです」

「アリア……すまないな。妹は少しブラコンなんだ」

「少しではありません! 凄くです!」

「自慢することじゃないだろ……」


 呆れながらも、リグゼはアリアの髪を愛おしげに撫でる。二人の仲の良さに、レンの瞳に羨望が混じる。


「レンには兄弟はいなかったのか?」

「僕に興味があるんですか?」

「弟になるわけだからな。当然だろ」

「僕の家族は父一人ですよ……その父もあんなことになってしまいましたが……」

「それは悪いことを聞いたな」


 リグゼは行方不明だと聞かされていた。そのため口調に同情が混じる。


「なら他の事を……レンの人生について教えてくれ」

「僕の人生なんて退屈ですよ」

「人生は波乱万丈の連続だ。男爵家の嫡男ともなれば特にな。もし聞かせてくれるなら聞かせて欲しい」

「そこまで言うなら……つまらなくても寝ないでくださいね」

「もちろんだ」


 レンは今までの人生を掻い摘んで話す。母親が早くに亡くなったことや、父親が粗暴であったことなどを語っていく。だがその中で彼が特に食いついたのは、レンが習っていた武術についてだった。


「父親のランパートは凄腕の武術家だったんだよな?」

「はい。武術の腕も一流でしたが、それに加えて《転移》の魔術も使えましたから」

「ランクAのレア魔術だぞ。いいなぁ~研究したいなぁ~」

「で、でも、父さんは行方不明ですから」

「だが息子のレンにも、その才能が引き継がれている可能性は高い……まだ魔術に目覚めていないのか?」

「残念ながら……」


 固有魔術は遺伝することが多い。父親の力を受け継いでいるなら、いつかは彼も《転移》の魔術に目覚めるはずだ。その日が楽しみだと笑みを浮かべていると、アリアに服の袖を引っ張られる。


「お兄様、私のことも忘れないでくださいね」

「そうだな、アリアも凄いぞ」

「えへへ、お兄様、大好き♪」


 ギュッと抱き着いてくるアリアを、リグゼは受け入れる。ベタベタと仲睦まじい空気を流す二人に、コンコンと扉をノックする音が鳴る。


「失礼します、リグゼ様。こちらにレンは――いるようですね」


 扉を開けて入って来たのはルーザーだ。レンを鋭い視線で一瞥した後、リグゼに媚びるような笑みを向ける。


「レンが迷惑をおかけしたのでは? この子は愚鈍な子供ですから」

「そんなことはないぞ。むしろ年齢を考えたら、十分に利発的だ。自慢していいぞ」

「そ、そうですか……まぁ、知性はそうかもしれませんね。もっとも武術の腕は領主に相応しいと言えませんがね」

「俺の意見とは違うな……八歳はまだまだ甘えたがりの子供だ。武術も魔術もこれから学んでいけばいい」

「リグゼ様はレンに随分と甘いようだ」

「お前が厳しいだけだと思うがな」


 二人は視線を交差させながら、バチバチと火花を散らす。険悪な空気が流れるのを食い止めるため、レンが口を挟む。


「叔父さんは僕に何か用なの?」

「レンは街に訪れたことがあるのだろう。案内してくれ」

「でも僕も街に詳しいとは……」

「ならリグゼ様、レンのため、我々のために街を案内していただけませんか」

「案内か……アリアも連れていくが、それでも構わないならいいぞ」


 アリアとレンが不仲なままなのはマズイ。街案内の中で二人が仲良くなれればと思い、提案すると、アリアは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。


「お兄様と一緒は魅力的ですが、邪魔者も付いてくるのですね……」

「彼らの案内が目的だからな」

「~~ぅ……仕方ありませんね。あなたがいることを認めてあげます」


 アリアの心の天秤が、リグゼと過ごせることに傾いたのか、街案内を了承する。弟と妹が早く仲良くなれるようにと、リグゼは心の中で祈るのだった。


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