第三章 ~『決意したレン』~


 誘拐事件を終えたリグゼたちは屋敷へ戻る。初めから事件など起きていなかったかのような平静さを取り戻した彼に、ルーザーは不穏な空気を感じていた。


「あ、あの、リグゼ様。我々は我々で話すことがありますので」

「そうか……だがレンを虐めるなよ。なにせ俺とアリアの弟だからな」

「も、もちろんですとも」


 レンに瞳で合図を送ると、リグゼはアリアを連れて私室へと帰っていく。その背中を廊下で見送ったルーザーは、レンに鋭い視線を向ける。


「どういうことか説明してもらおうか、レン」


 誘拐の失敗はレンが集合場所を伝えたからだ。なぜそんな裏切るような真似をしたのかと問い詰める。


「だってアリアさんには何の罪もないから……」

「同情したから我々を裏切ったと! 卑怯な性格も父親譲りだな」

「僕は卑怯なんかじゃ……」

「卑怯だとも。この誘拐が失敗したことで一番の被害を受けるのは誰だ? 私か? 違うだろ。それは罪のない領民たちだ」


 領地の治安が悪化しているのは、父親が暴れているからだ。息子のレンがその事実を無視して、良心に逃げるのは卑怯だとルーザーは非難していた。


「まぁいい。成果がなかったわけではない。あの娘だけでなく、あのガキも《時間操作》の使い手だと知れたからな。次の問題はどうやって領地に連れて行くかだが……」

「誘拐は絶対にダメです!」


 隊長のジンが怯えた顔で首を横に振る。彼の部下たちも同じ反応を示した。


「貴様ら全員が挑んでも、あのガキには勝てないか?」

「あの炎の魔法を見たでしょう。もしリグゼ様が本気を出せば、我らは一瞬で消し炭です」

「それほどの実力差があるのか……」

「おそらく魔術師の中でも高位に位置しているはずです。上級魔術師、もしくは大賢者でもおかしくはない」

「大賢者だとっ!」


 魔術協会は頂点に大賢者を擁している。一個師団にさえ単騎で匹敵する力を持つ大賢者は、魔術を見下すタリー領であっても、一目置かずにはいられなかった。


「弱みとなる秘密を手に入れる必要があるな……」

「ですが、もしリグゼ様に秘密を探っていると知られれば殺される可能性があります」

「だが弱みを手に入れれば、値千金だ。大賢者に匹敵する魔術師を意のままに操れるし、私が領地に戻った際には、イーグル家との外交を有利に進めることができる」

「そ、それでも……命がけですよ?」

「だからこそレンにやらせるのだ。もちろん、やってくれるよな?」


 非道な叔父の命令に軽蔑を抱く。だが有無を言わさぬ視線が、レンが首を縦に振る以外の反応を拒絶する。


「次は裏切るなよ。領民を救えるかどうかは貴様の肩にかかっているのだからな」

「はい……」


 それだけ言い残すと、ルーザーはその場を後にする。残されたレンが無力感で奥歯を噛み締めていると、ジンが背中をポンと叩く。


「ルーザー様を許してやって欲しい」

「ジンさん……でもあの人は最低です」

「必死だからだ。そして秘密を握ることが領地を救うことに繋がるのも事実。タリー領の領主として責任を果たしてくれ」


 再度、背中を叩くと、ジンはルーザーの背中を追いかける。一人残された彼は窓の外から雲を見つめる。


「僕は雲とは違う……プカプカと責任から逃れることはできない」


 果たすべき責がレンにあることは間違いない。なにせ領主であり、領地を荒らしている元凶の息子でもあるからだ。


 だが責任を取る方法がリグゼの秘密を握ることではないと断ずることができたし、優しい彼を裏切りたくもなかった。


「僕が父さんを止めるんだ……他の誰かの力を利用するなんて間違っている」


 意思を固めたレンは、リグゼの私室へは向かわず、屋敷を飛び出す。彼は単身、領地へと乗り込む決意を固めたのだった。

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