第二章 ~『森での暴走』~
アリアを弟子にしてから半年が経過し、エルド領はさらなる発展を遂げた。その最大の功労者は何を隠そうアリアであった。
「この畑の治療も終わりました」
「さすがは聖女様。仕事が早いですね」
アリアには《回復》の魔術に加え、土属性にも適正があった。この二つを組み合わせ、枯れた土地を肥沃な大地へと変えたのである。
農夫が何度も頭を下げるのを、彼女は謙虚に答える。聖女としての振舞いが板についていた。
「アリアのおかげで多くの領民が救われているな」
「私なんてそんな……」
「謙遜しなくてもいい。収穫量が増えて、農夫たちは感謝しているさ」
未だエルド領のみでの完全な自給自足は実現できていないが、イーグル領からの食料輸入量を減らせている。
いずれは富裕層向けの高級品だけをイーグル領から買い、普段の食事は自領で賄う生活を目指していた。
(嘘が本当になった。領民たちもアリアを英雄と認めつつある)
噂だけでは疑心暗鬼な者たちも、アリアの魔術を目にすれば考えを改める。それに彼女の銀髪という欠点も今回ばかりはプラスに働いていた。人は完璧すぎると嫉妬心を抱く。欠点が親しみに変わったのだ。
(でもアリアが魔術師として成長できたのは、修行を休まず、才能に驕らず、努力したからこその成果だな)
妹を自慢に思っていると、アリアが駆け寄ってくる。
「お兄様、お時間を頂いでもよろしいでしょうか?」
「構わないが、いつものか?」
「手合わせをお願いします!」
「いいだろう」
魔術師は闘いの中で成長するため、実戦形式での模擬戦を日課としていた。畑に被害がでないように離れた場所へ移動し、二人は緑一色の丘陵地で向き合う。
「お兄様、準備はよろしいですか?」
「いつでもかかってこい」
アリアは深呼吸すると、魔力を身体から放出する。半年前とは別人の魔力量へと成長していた。
この調子ならすぐに上級魔術師の領域へと足を踏み入れる。才能の原石を磨く喜びに満たされていく。
「胸をお借りします」
アリアが大地に手を触れると、魔力が土を大型の巨人に変える。自立駆動型のゴーレムを生み出す土魔術の応用技である。
「だがその技なら俺も使える」
合わせ鏡のように、リグゼもゴーレムを生み出すと、二体の巨人が拳をぶつけ合う。その結果、残ったのはリグゼのゴーレムだけだった。
「どうして……」
「同じ魔術でも費やした魔力量が違えば、その効力が変化する。負けないように大量の魔力を土に練り込んだ甲斐があったわけだ」
「やはり魔力量は大切なのですね」
「俺も昔は苦労したからな」
前世では魔力量が原因で無能扱いされていた。その時の悔しさは忘れられない。
「お兄様でも苦労するのですね……」
「俺も人間だからな」
「なら私はもっと頑張らないとですね」
リグゼを比較対象としているせいで、アリアは自分に才能がないと誤解していた。彼女が驕らないのは彼の影響も大きい。
「土属性の魔術だけではお兄様に勝てそうにありませんね……」
「諦めるのか?」
「まさか。私は勝負を投げ出したりしません」
「それでこそ、俺の妹だ」
アリアは地面に触れた手から、さらなる術式を流し込む。大地が揺れ、地響きが鳴る。
「これがお兄様を倒すための切り札です」
魔術が発動し、地面から土塊から形成された拳が放たれる。それはただの土塊の拳ではない。炎を纏い、破壊力を上げていた。
リグゼのゴーレムの顔を炎と土の拳が撃ち抜き、粉々に破壊する。膝から崩れ落ちたゴーレムは、土煙を巻き上げながら倒れる。
勝利したと、アリアは喜びを浮かべるが、すぐに異変を察知する。
「この土煙、何か変です……」
視界が遮られるほどの砂が巻き上がっていた。風の魔術で人工的に作られたものだと気づいた時にはもう遅い。彼女が放心している間に接近したリグゼが、刀を首元へと近づけていた。
「私の負けです……お兄様は強すぎます……」
「まだ若いからさ。経験を積めば、差は縮まるさ」
刀を仕舞い、肩をポンと叩いて慰める。前向きなのが彼女の長所だ。すぐに立ち直るはずだ。
「リグゼ様!」
決着が付いたタイミングで、コンキスタが馬で駆けてくる。彼にしては珍しく焦っているのか、額に汗が浮かんでいた。
「随分と慌てているようだが、トラブルか?」
「リグゼ様の制圧した森で、魔物が暴れています」
「間違いないのか?」
「怪我人は一人や二人ではなく、すでに十人を超えています」
「偶然ではなさそうだな……」
シルバータイガーとの魔力パスは切れていない。主の支配下に置かれていない、新たな魔物が出現したと考えるべきだ。
「コンキスタは用心のためにアリアと共に街へ帰ってくれ」
「リグゼ様は?」
「俺はこのまま森へ向かい、問題を解決してくるよ」
主の支配下にない魔物ならシルバータイガーより強い可能性もある。新しい召喚獣獲得への期待に、不謹慎ながら胸を躍らせるのだった。
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