第二章 ~『アリアの成長』~
執務室で、リグゼは窓の外を眺めていた。代わり映えのしない日常が広がっている。
「監視からの報告は?」
「異常なしです。酒を楽しんでいるだけだと」
「一人でか?」
「はい。独り言を漏らしながら、気分良く酔っているそうです」
「読みが外れたか……すぐにでも行動に移すと思っていたが……」
「私も協力者がいると睨んでいたのですが……本物の馬鹿である可能性も捨てきれませんからね」
算段もなしに領主邸に怒鳴り込んでくるはずもない。そんな先入観から、パンクの裏には協力者がいると二人は予想していた。
「引き続き監視は続けてくれ。あんな便利な駒。今はともかく、いずれ利用しようとする奴が現れてもおかしくないからな」
リグゼには敵が多い。残り二人の公爵に、帝国、さらにパノラやアーノルドもいる。警戒しすぎることはない。
「では私は業務に戻ります。丁度、リグゼ様にご客人がいらしたようですから」
コンキスタと入れ替わりで、アリアが部屋に入ってくる。深刻な顔をしており、遊びにきたのではないと察する。
「俺に相談したいことでもあるのか?」
「あの……私に魔術を教えていただけないでしょうか」
「それは構わないが、何かキッカケでもあったのか?」
「最近、街で聖女様と声をかけられることが多くて……実力が伴っていないのに英雄扱いされることに耐えられないのです」
「それは悪いことをしたな……」
「いえ、お兄様は悪くありません。悪いのは無力な私ですから」
「アリア……」
「だから魔術を教えてください! 独学ではもう限界なのです!」
「独学?」
「魔力を増やす特訓です」
アリアの肉体から魔力が放出される。部屋を覆うほどの魔力量は中級魔術師相当の力がある。
「驚いた。どうやって増やした?」
「お兄様の真似をしてみました」
「まさか……」
「《錬金》の魔術です」
掌に魔力を集めると、そこから土を生み出し、最終的に小粒の黄金へと変化させる。
リグゼはゴクリと息を呑んだ。彼女は《鑑定》の魔術を使えない。それにも関わらず術式を解読したのである。
(ランクGの魔術ならともかく、《錬金》はランクDだぞ……あの複雑な術式を理解したのかよ)
その驚くべき才能に唖然としていると、アリアの瞳に不安が浮かんだ。
「この魔術は真似をしては駄目なのでしょうか?」
「駄目なものか。さすがは俺の妹だと感心していただけだ」
鷹に飛ぶのを止めろと言っても無駄なように、彼女はいずれ最強に至る。それを今回のことで改めて実感した。
だからこそ、アリアが進む道を踏み外さないように後ろから支える必要がある。それこそが兄に課せられた役目だ。
「いいだろう。俺が師匠になってやる。ただし指導は厳しいぞ!」
「覚悟しています」
「よろしい。なら宿題だ。蔵書の魔術書を一日一冊読むこと。それと魔力量増加の鍛錬も継続すること。できるな?」
「私はお兄様の妹です。途中で投げ出したりしません」
瞳に熱意の炎が浮かぶ。やる気と才能が十分なら、後は学ぶだけだ。
「なら早速魔術を教える。最初に教えるのは、とっておきの術式で、まだ世に開示されていないから、使えるだけで一目置かれるはずだ」
リグゼは風の魔術で指に切り傷を付ける。血がポタポタと流れる様子を、アリアはジッと見つめる。
「今から教えるのは《回復》の魔術だ」
「聞いたことがあります。怪我を治せる力ですよね」
「腕の立つ魔術師なら、傷痕さえ残さず完治できる。痛いから実践はしないがな」
「ふふふ、私もお兄様が苦しむ我儘は言いませんよ」
クスクスと笑うアリアに、リグゼはお手本となるべく、指を淡い光で包み込む。《回復》の術式が発動し、切り傷が消えると共に血が止まる。
「これが《回復》の魔術だ。習得したいか?」
「はい!」
「いい返事だ。ならまずはこれを読んでみろ。術式が頭の中で自然に浮かぶようになったら習得完了だ」
机の上に置かれた羊皮紙に、《回復》の術式を書き写すとアリアに渡す。
「適正もあるから人によって習得期間は異なるが、アリアならきっと数日で――」
「できました!」
「嘘だろ……」
「本当です。ほらっ」
リグゼがしたように風の魔術で指先を斬ると、《回復》の魔術で治療する。光に包まれた指は傷痕が消えていた。
「天才だと知っていたはずなのにな」
心のどこかで子供だと侮っていた。だがその考えを改める。
「これでお兄様に近づけましたね♪」
「いつか俺を追い越すさ」
「ふふふ、ご謙遜を。お兄様と比べると、私はまだまだですよ」
妹の成長に嬉しさと同時に寂しさも覚える。いつかはリグゼから独立し、立派な淑女として独り立ちする日がやってくる。
(娘を嫁にやる父親の気分だ)
二人はそれからも修行を続ける。水を吸うスポンジのように、アリアは魔術師として成長していくのだった。
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