第二章 ~『酒場での勧誘★パンク視点』~


~~『パンク視点』~~


「なんだあのクソガキは⁉」


 領主邸で屈辱を受けたパンクはそのまま酒場へと直行した。身なりこそ、貴族らしい格好をしているが、実際の彼は裕福とはいえない。


 鉱夫たちに交じり、麦酒を口にする。パチパチと弾ける炭酸がストレスを流し込んでくれた。


「問題はあのガキからどうやって領主の座を奪い返すかだ……」


 金もなければ地位もなく、魔術師としての実力もない。頼れるのは前領主の甥である血縁だけだ。


「荒れておりますな?」


 パンクに怪しげな男が声をかけてくる。黒の外套を羽織った彼は、この辺りでは珍しいほど彫りが深い。どこか知性を感じる黄色の瞳を見るに、酔っ払いの鉱夫が絡んできたのではない。


「私に何の用だ?」

「しーっ、静かに。あなた様は監視されております。今は私の《幻覚》の魔術で誤魔化していますが、異変が大きくなれば術が解けます」

「本当に何者だ、貴様」


 《幻覚》の魔術はランクDの高位術式であり、上級魔術師でなければ使えない。そのような実力者が用事もなく酒場にくるはずがない。


「ふふ、私はイグニス。帝国の人間であり、あなたの味方でもあります」

「帝国だと……狙いはなんだ?」

「私たちは火種を欲しています。それも帝国と王国を焼き尽くすような大きな炎をです」

「帝国と王国は和平を結んでいるはずだが?」

「一枚岩ではないのですよ。我々、主戦派は戦争を望んでいます」

「ふん、そんなに戦争がしたいのなら勝手にやれば良かろう」

「事は単純ではないのです。我々が正義だと主張するための理由が必要なのです」

「それが火種か……それで私に何を望む」

「あなた様には革命の旗頭になっていただきたい」


 革命という言葉に剣呑さを感じ取る。領主の座を奪うだけでは帝国との戦争に発展することはない。何か仕掛けがあるのだ。


「まずあなた様が領主になりましたら、王国からの独立を宣言してください。理由は王国税の高さなどを理由にすればよろしいでしょう」

「そんなことをすれば王都から討伐軍がやってくるぞ」

「ですので、帝国が助け船の軍隊を派遣します。独立を許すわけにはいかない王国は攻め込んでくるしかありません。これで帝国と王国は全面戦争に発展します」

「私が戦争の引き金を引くのか……想像するだけで手が震えるな」

「ふふ、気後れすることはありません。帝国と手を結ぶのは、エルド領にとっても利のあること。我々の得意とする《使役》の魔術を使えば、森の魔物たちを配下に置けるのですから」


 リグゼによって魔物の脅威から解放されたのは西側の森だけだ。他の森を救うことができれば、今度はパンクが英雄になれる。


「このまま王国で貧者として暮らすか、帝国に属し、領主として生きるか。お好きな方を選んでください」

「王国からは売国奴だと責められるだろうな……」

「必要な犠牲です」

「ふふ、それもそうだな……私も名誉より実利を尊重する意見には賛成だ」

「さすがのご慧眼でございます」


 慇懃な態度を取りながらも、イグニスの口元には歪な笑みが浮かぶ。それに気づきながらも、パンクは申し出を断ることができなかった。


「具体的に私は何をすればいい」

「あなた様には領民の支持を得ていただきます。そのために邪魔になるのが、アリア様になります」

「あのガキの求心力の源だからな」


 魔物退治の功労者の兄だからこそ、領民からも支持されている。噂を信じているパンクはそう解釈していた。


「だが相手はシルバータイガーを倒した魔術師だ。どうやって排除する?」

「我々はシルバータイガーを超える魔物――リッチロードを支配下に置いています」

「死者を操るアンデットの王か……それならば銀髪の聖女とやらを始末するのも容易いな」


 上級魔術師が束になっても敵わない。リッチロードとはそれほどの脅威である。だが懸念は完全に払拭されていない。


「一対一なら負けないだろう……だが上級魔術師が別にいたらどうする?」

「戦力を分散させるための策を講じる予定です」

「抜かりないわけか……これでリッチロードを倒せば、私が英雄か」

「タイミングを見計らって、撤退させますので、あなた様は勝鬨だけあげてくださればいい」

「素晴らしいな」


 八百長とはいえ、リッチロードを討伐した魔術師は一目置かれることになる。領主の立場だけでなく、魔術師としての高名まで手に入るのだ。抑えきれないほどの歓喜で満ちる。


「準備が必要ですから。決行は十日後を予定しています」

「その日まで私は何を?」

「来る日を思い浮かべながら、麦酒でもお楽しみください」

「では言葉に甘えよう」


 気分を良くしたパンクは浴びるように酒を流し込む。顔を真っ赤にしながら、十日後の夢に想いを馳せるのだった。

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