第二章 ~『現れた愚か者』~


 リグゼが西の森を制圧してから月日が流れ、彼は七歳となった。身長も伸び、顔つきも愛らしさは保ったままだが、どこか凛々しさも含んだものへと変化していた。


 さらに変わったのは彼の外見だけではない。


 西側の森で魔物被害がなくなったことで、護衛なしでもイーグル領から物資を運べるようになった。おかげで食料品が安価で出回るようになり、商業が盛んになった。


「コンキスタ、計画はどうだ?」

「順調に進んでおります」


 アリアを次期領主とするため、二人は策を練っていた。そのうちの一つが魔物討伐の立役者が実はアリアだとするものだ。


 噂を広め、リグゼの高めた評判をそのまま彼女に譲り渡す。これによりアリアが次期領主になる際に、領民が後押ししてくれる。


 窓を開けて、風の魔術で街行く人たちの会話を拾う。遠くの相手の会話でも盗み聞きできる便利な技だ。


『魔物が襲ってこなくなったし、新しい領主様には感謝だな』

『でも実行したのは妹らしいぜ』

『ただの与太話だろ?』

『さぁな。ただ凄腕の魔術師なのは間違いないらしいぜ。巷では銀髪の聖女様と呼ばれているとか』

『うげぇ、銀髪かよ』

『俺たちの酒代を安くしてくれた恩人なんだぜ。容姿なんてどうでもいいだろ』

『まぁ、嫁にするってわけでもないしな』

『そういうこと。さぁ、酒場に飲みに行こうぜ』

『おう!』


 風の魔術を中止し、噂の広まりを確信する。銀髪の聖女という呼び名も狙い通りだった。


(領民たちへの恩恵のおかげで、銀髪のマイナスイメージも最小限に抑えられているな)


 醜くとも世話になったのなら人は尊敬の念を抱くものだ。特に恩を受けた直後ならそれは殊更である。


 人は善人ばかりではないが、恩人をワザワザ批判したりするほど悪人でもない。思惑通りの展開に内心ほくそ笑む。


「エルド領には鉱山もある。いずれはイーグル領を超える日がくるかもな」

「リグゼ様、それはありえません。エルド領の発展に伴い、イーグル領も成長しますから」


 イーグル領は食料輸出で大儲けしていた。さらに鉱山で採掘された貴金属を買い取っての加工品販売は、莫大な利益を生んでいる。


 三大公爵の中では落ち目扱いされていたイーグル領の風向きが変わりつつあった。アリアの悲惨な婚姻を回避できる可能性も高まったのである。


「リグゼ様、気を引き締めてください。今までのエルド領は貧しいために見向きもされませんでしたが、豊かになると話が変わってきますから」

「宝籤で当選したら、他人が親友を名乗り出るように、金は悪意を引き付けるからな」


 特にリグゼは七歳である。与し易い相手だと近づいてくる者も多い。


(だが問題が起きれば、アリアの功績を増やす機会に繋がる)


 平和で武功は積めない。トラブルは望むところであった。


「失礼します、リグゼ様。お客様が……」


 使用人の一人が扉の前で語り掛ける。その声には焦りが混じっており、面倒な客人だと分かる。


「あ、あの、お客様、お待ちください」

「待たぬ!」


 許可を得ず、扉が勢いよく開かれる。現れたのは丸々と太った中年の男性である。脂肪で張り裂けそうなほどに上着が膨張しており、歩くたびに大きな足音が鳴った。


「私から領主の座を奪った不届き者は貴様か⁉」

「お前は?」

「私はエルド領の正式な後継者――パンク・エルド男爵である!」

「ははは、面白い冗談だ。だが芸人を呼んだ覚えはないぞ」

「妹に守られている三流魔術師の分際で、私を侮辱するつもりか⁉」

「あの噂をそういう風に解釈するのか……」


 思わぬ風評に繋がったと苦笑を漏らすと、挑発されたと解釈したのか、パンクの眉間に皺が刻まれる、


「とにかく! 私が正当な後継者だ。貴様はここから立ち去れ!」

「では聞くが、何を以て正当だと?」

「血の繋がりだ。私は先代の甥に当たる」

「甥に領地の継承権はなかったはずだが」


 領主の地位を受け継げるのは、運営権を持つ者に指名されるか、前領主の実子であるかのどちらかである。甥にはそもそも継ぐ権利がないのだ。


「運営権を持つグノムがお前を指名するはずがないし、先代の実子でもない。無関係の他人はお引き取り願おうか」

「クソッ、今に見ていろ。後悔させてやるからな」

「どうぞ、ご自由に」


 扉に怒りを叩きつけるようにパンクは退室していく。その背中を眺めながら、面白くなってきたと笑みが浮かぶ。


「素晴らしい引き立て役が現れてくれましたね」

「敵の無能さはいつだって味方だからな」

「監視を手配しておきます。こちらは相手の動きに合わせて最善手を打ちましょう」

「まずは御手並拝見だな」


 悪意を糧に変え、アリアを領主にする計画がまた一歩先に進むのだった。


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