第二章 ~『シルバータイガーとの出会い』~
魔物の隷属化と討伐を繰り返して、数時間が経過した。契約した魔物の数は三体となり、それらの魔物がリグゼの代わりに、百体以上の魔物を討伐していた。
(こいつで四体目か)
倒したゴブリンと主従契約を結び、狩人として森に解き放つ。最弱のゴブリンだが、《強化》の魔術で能力が向上しているため、他の魔物よりも遥かに強い。
(弱い魔物ばかりだな……)
西側の森に出現する魔物の弱さに落胆していた。他の方面の森には強い魔物が生息していると信じたい。
(ダンジョンに潜れる年齢になれば、確実に強力な魔物と戦えるんだがな……)
地上にいる魔物はダンジョンでの縄張り争いから逃れてきたものが中心だ。故に実力はダンジョン内の魔物と比べると格段に落ちる。
特に帝国のダンジョンは攻略難易度が高く、最下層にはグレートドラゴンなどの小国を亡ぼせる最強種が暮らしている。
(いつかは手持ちの召喚獣にしたいな)
戦場でパノラが操っていたドラゴンは怪物だった。圧倒的な暴力に晒された恐怖は忘れることがない。
だが彼は前向きだった。ドラゴンを従えるために必要な《召喚》の術式を手にしていたからだ
(《召喚》の魔術を使えば、どんな怪物でも従えられる)
《召喚》はDランク以下の魔物であれば無条件に使役できるが、それより上位の魔物も屈服させることができれば契約とすることができる。
いずれはSランクの魔物を従える日が来るかもしれない。まだ見ぬ強敵に想いを巡らせていると、契約していたゴブリンとの魔力パスが切れる。
(倒されたか……だが誰にだ?)
すぐに答えが思い浮かぶ。この森で強化されたゴブリンを倒せるのは、魔物の主だけだ。
(この好機を逃してなるものか)
魔物の主を探していたのは、実力が優れているからだけではない。西側の森一帯の魔物たちを統率する立場であるため、もし契約できたなら、すべての魔物に人を襲わせないよう指示することが可能になるからだ。
(ただ森は広い。逃げられたら終わりだ)
用心深い魔物の主は、一度でも見つかれば、姿を隠すだろう。ただ今ならゴブリンとの魔力パスが切れた地点へと向かえば出会うことができる。
(鬼が出るか蛇が出るか……)
森を駆け、辿り着いた先には一匹の虎が待っていた。白銀の毛で覆われたシルバータイガーである。鋭い牙と爪は王者だと誇示するように輝いている。
「これは予想以上の怪物だな。ゴブリンが敗れるのも納得だ」
シルバータイガーは魔物の中でも高い実力を誇っている。魔術師なら上級で互角との評価が与えられており、並の術者では手も足もでない。
「だが俺なら勝てるさ」
腰から剣を抜き、じわりじわりと近づく。魔力が殺気に代わり、空気がピリピリと緊張感を増していく。
リグゼの発する威圧に、只者ではないと悟ったのか、シルバータイガーはその場から駆けだした。
「判断が早いな」
逃がさないと、剣を振るう、風の魔術の応用で、魔力がカマイタチに変換され、シルバータイガーを襲う。
だが風の刃は爪で弾かれてしまう。そのままシルバータイガーは森の奥地へと姿を消した。
「逃げられたか……」
そう結論付けようとしたが、すぐに考えを改める。魔物の主はプライドが高い。攻撃を受けておきながら、一矢報いずに逃走する屈辱に耐えられるはずがないからだ。
茂みが揺れて、殺気に獣臭が混じる。
(来る!)
茂みからシルバータイガーが噛みつこうと飛び掛かってくる。動きを読んでいたリグゼは、それをギリギリで躱す。
(サテラとの修行で不意打ちに慣れていたおかげだな)
躱しざまにシルバータイガーの首に刀を振り下ろす。鋼のように硬いと感じながらも、押せば切れると確信を持つ。
(だが今回は倒すことが目的ではない。狙いは屈服させ、契約することだ)
シルバータイガーはランクCの魔物であるため無条件に仲間とすることはできない。そのため刀に雷の魔術を流し、電流でシルバータイガーの動きを止める。痺れて動けなくなったところを狙い、頭を掴んで召喚獣の契約を結んだ。
抵抗を示すようにシルバータイガーは唸り声をあげるが、すぐに反応が変化する。尻尾を振りながら、彼の手をペロペロと舐め始めた。
「狂暴な魔物もこうなれば愛らしいな」
白銀の毛を撫でながら想う。アリアもシルバータイガーと同じなのだ。醜い外見や最強の魔術の腕があっても、懐かれれば可愛いと感じる。
(いつかきっとアリアの価値を理解できる男が見つかるさ)
その日が来るのが待ち遠しいと、リグゼは空を見上げる。仕事を終えたことを天が祝福するように、太陽が燦々と輝いていた。
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