第一章 ~『アリアのわがまま(★アリア視点)』~


~~『アリア視点』~~


 アリアは物心ついた頃には嫌われていた。不貞の子や、醜い子と陰口を叩かれた数は両手で数えきれないほどだ。


 だが愛情を知らないわけではない。唯一人、兄だけが優しくしてくれたからだ。


 世界でたった一人の味方。アリアが兄を好きになるのに時間はかからなかった。屋敷の使用人から血が繋がっていないと聞かされた時は、結婚のチャンスが生まれたことで、むしろ嬉しさが勝ったほどである。


(私はお兄様がいないと生きていけない……ですが……)


 リグゼは一足先に大人になっていた。アリアがいなくても一人で生きていける。そんな彼の重荷にはなりたくなかった。


(お兄様は領主として立派に成長するでしょう……私さえ犠牲になれば……)


 笑顔で見送るのが正解だと理性が判断するも、離れ離れになる悲しみが涙を溢れさせる。悲痛で歪んだ顔を誰にも見られたくなくて、中庭に逃げこむが、そこには先客がいた。


「アリアちゃん、どうかしたのですか?」


 中庭で剣の素振りをしていたサテラが手を止める。アリアの涙に気づいたのだ。


「なんでもありません――は通じませんよね?」

「人は理由なく泣かないですからね」

「実はお兄様が新しい領地に旅立つと聞かされて……でも邪魔をしたくなくて……」

「それで泣いてしまったのですね……アリアちゃんはまるで大人のように賢いですね」

「私なんてまだ子供ですよ」

「分かっているではありませんか。あなたはまだ子供。ワガママも許される年齢なのです」


 サテラが頭を撫でてくれる。その優しさに触れて、ポロポロと溢れる涙の勢いは強くなる。彼女はすべて見抜いていた。アリアは兄の重荷となることで、彼に嫌われることを恐れていたのだ。


「リグゼくんは器の大きい人です。妹のワガママで、嫌いになったりする人ではありませんよ」

「……っ……は、はい……」


 何度も頷きを繰り返しながら涙を拭う。悲しみを振り払い、前を見据える。


「それでこそ、リグゼくんの妹です」

「ありがとうございます、サテラ様。私、あなたのことが好きになりました」

「私もアリアちゃんのことが好きですよ」


 二人が友情を確かめ合っていると、中庭に足音が届く。聞きなれた音は、姿を確認しなくても誰のものか分かった。


「アリア、ここにいたのか」

「お兄様……あの、私……」


 声を震わせながら勇気を振り絞る。だが決定的な一言を口にできない。そこに助け船を出したのは、リグゼ当人だった。


「アリア、頼みがあるんだ」

「は、はい」

「俺はエルド領へ行く。だが一人だと寂しくてな。良ければ一緒に付いてきてくれないか?」

「いいのですか?」

「もちろん、俺たちは兄妹だろ」

「お兄様! だから大好きです!」


 甘えるようにアリアはリグゼに抱き着く。絶対に逃さないと伝えるように、ギュッと手に力を込めるのだった。


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