第一章 ~『グノムのプレゼント』~


 次の日、グノムの私室に呼び出される。執務用のデスクの上で、彼は手を組みながら待っていた。


「よく来てくれたな」

「足を運ぶくらいしてやるさ」

「年を重ねるごとに生意気になるな。またそこが可愛いのだが」


 転生前は友人だったが、転生後の関係性は親子である。彼なりに敬っているつもりなのだが、グノムの心には響かなかったようだ。


「お兄様……」

「アリアも呼び出されたのか」

「私にも関係のある話だと聞かされたので……」


 グノムから嫌われていると自覚しているアリアは、これから何が起きるのかと不安が滲み出ていた。彼女の不安を取り除く方法は唯一つ。呼び出された理由を知ることだ。


「俺は忙しい。グノムもそうだろう。早く本題に入ってくれ」

「お前にプレゼントがあるのだ」

「魔術書でもくれるのか?」

「実はな、後継者がいない領地を譲り受けたのだが、領主として適任な者がいなくてな……その領地経営をお前に任せたいのだ」

「はぁ⁉」


 予想の斜め上の贈り物に開いた口が塞がらなくなる。


「どうやら御父上はボケてらっしゃるようだ。息子が五歳だと忘れているらしい」

「普通の五歳なら私も領地を譲ったりするものか。お前だから任せるのだ」


 リグゼの魔術師としての実力だけで評価したのではない。屋敷での彼の評判を収集し、陰ながら適正があるかを見極めた上での結論だった。


「それに、今回任せるエルド領はイーグル領と比べると遥かに小さい。将来的に公爵の地位を継ぐ際の予行演習になる」

「だがその領地には問題があるのだろ?」

「話が早くて助かるな。さすがは我が息子だ」


 領主の椅子は貴族なら喉から手が出るほどに欲する地位だ。後継者に名乗り出る者がいないなら、そこには事情があるはずだ。


「エルド領は魔物が出現する森に覆われた危険な場所だ。腕の立つ魔術師でなければ、領主の務めを果たすことができない」

「そこで俺に白羽の矢が立ったと……だが断る。俺は鍛錬で忙しいのだ。領主をしている暇はない」

「そういうな。魔物と戦えるチャンスでもあるのだぞ」

「それならダンジョンにでも潜るさ」

「冒険者資格には年齢制限がある。お前は自分の年齢を忘れたのか?」

「思い出したよ……冒険は十歳からだったな」


 領主になれば討伐の名目で魔物との戦闘を経験できる。実戦経験を積めるチャンスだ。それに《召喚》の魔術を有効に活用することもできる。逃すのは勿体ない。


「だが領主としての雑務がなぁ」

「私の腹心を貸してやる。お前は魔物討伐に注力すればいい」

「それなら……」


 悪くない条件だ。グノムが困っているのなら呑んでもいいかもしれない。そう考えた矢先である。アリアが目尻に涙を浮かべながら、抱き着いてきた。


「お兄様、私を置いてどこかに行かれるのですか?」

「それは……」

「いつでも一緒にいてくれると約束したのに!」

「…………」

「お兄様の嘘吐き!」


 アリアはそれだけ言い放つと、部屋を飛び出してしまう。追いかけようと背を向けた瞬間、グノムから「待て」との声がかかる。


「まだ話は終わっていない」

「だがアリアが……」

「アリアにも関係する話だ」


 グノムがいつにも増して神妙な顔付きになる。


「本音で話そう。私がアリアを愛してはいない。なにせ浮気相手の子供だからな」

「…………」

「だが嫌ってもいない。なにせ愛した妻の血を引いているからな」

「…………」

「だからこの屋敷にいるより、僻地で兄妹が共に暮らした方が幸せになれると考えたのだ。どうだ、良い贈り物だろう?」

「ああ、最高だよ」


 グノムの本音を聞き終えると、アリアを追いかけるために部屋を飛び出す。心の中で彼の優しさに感謝するのだった。

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