第一章 ~『素手での決闘』~


 半年が経過し、少しだけ背が伸びて、目線が高くなった。


「リグゼくん、剣術の稽古ですよ」

「今日こそは一本取ってみせる」


 サテラと向き合う形で木剣を構える。闘いの舞台である演習場には観客がいない。巻き添えにならないように、リグゼが人払いをしているからだ。


「では俺からいくぞ」


 上段に構えた剣を振り下ろす。フォームは教科書のように美しいが、サテラはそれを易々と受け止め、そのまま剣を弾く。


「勝負ありですね。ですが成長はしています。十年もあれば、私と剣の腕で並ぶでしょうね」

「十年もかかるのかよ」

「たった十年です。才能に感謝すべきですよ」

「でもなぁ……」


 魔術の実力と比べると、剣術はどうしても見劣りする。天才だと評価されても、嬉しいとは感じない。


「折角ですし、素手での闘いも稽古してみますか?」

「格闘術も使えるのか?」

「それなりには……一応、武術協会の幹部ですからね」

「そりゃ凄い」


 この世界には二つの大きな組織が存在する。


 一つは魔術協会だ。魔術師たちを束ねる組織で、技術サポートや資金提供をしてくれる。この組織の中で、頂点に位置する超級魔術師が大賢者である。


 一方、魔術協会と対を成す組織も存在した。それこそが武術協会である。剣術や槍術のような武器術や、無手での格闘術を極めた武術家たちが所属している。


 武術協会にも頂点に王がいた。その内の一人が《剣王》サテラであり、幹部という立場上、協会内の武術の知識を万遍なく学んでいたのだ。


(剣術ではまだサテラに敵わない。だが格闘術ならどうだ?)


 師匠と弟子として教育されるだけでは得られない知識――強者との実戦経験を積むには良い機会だ。


「なぁ、手加減なしで戦ってくれないか?」

「素手の私なら勝てると?」

「たぶんな」

「随分な自信ですね……ですが、あまり《剣王》を舐めないことですね」


 不満そうにサテラは頬を膨らませる。勝機があると思われていることが癪に障ったのだ。


(魔力量も大きく成長している。簡単には負けないさ)


 サテラが両手を前にして構えると、合わせるように同じ構えを取る。


「格闘術も習ったことがあるのですか?」

「軍隊格闘を少しだけな」

「自信の根拠はそれですか……ですが構えだけで分かります。あなたの武術は一流には程遠いと」


 それを証明するように、サテラは間合いを詰める。消えたと錯覚するほどに速く迫る拳をギリギリで躱す。


(格闘術は専門外のはずなのに、とんでもない強さだ)


 拳と蹴りを何度か交わらせる。武術の腕はサテラに軍配が上がるが、なんとか食らいつけていたのは魔力量のおかげである。


(でも肉体性能では圧敗だな)


 《強化》の魔術は、使用する魔力量に応じて効果が変わるが、元々の身体能力にも大きく依存する。サテラの鍛えられた肉体は《強化》の力を最大限引き出していた。


「出会った頃より肉体が鍛えられていますね」

「サテラの剣術稽古のおかげだ。あれがなければ、食らいつくことさえできなかった」


 魔術研究に没頭していた頃は身体を動かすことと無縁だった。だが今となっては、武術習得にも時間を割くべきだったと後悔していた。会得したからこそ、武術が魔術に通ずるものがあると知れたからだ。


(間合いを詰める瞬間は足を、パンチを打ち込む瞬間は拳だけを強化することで、威力を底上げしているな……しかも本人の自覚なしに、無意識でやっている。武術家の強さの秘密はこれか)


 武術の習熟度の違いで、正面から戦っても勝てないと理解する。


(やはり魔術を使ってこその俺だよな)


 リグゼが地面に手を触れると、サテラの足元が底なし沼に変わる。落ちていく前に一瞬で飛び出た彼女に、空中で膝蹴りを入れる。


「さすがは私の弟子……魔術と体術を組み合わせてくるなんてやりますね」


 魔力を集中させ、威力を高めた一撃だ。サテラも無傷では済まない。地に膝を突きながら、リグゼを見上げる。彼女の表情に焦りはない。それどころか歓喜に満ちていた。


「殴られて喜ぶ趣味があるのか?」

「私はノーマルです! 育て甲斐のある弟子だと嬉しくなっただけですよ」


 微笑みながら、サテラは改めて距離を詰めると、魔力を集中させた拳を放つ。


(さすがにこれを食らってやるわけにはいかないな)


 強力な一撃が向かってくる直前、リグゼは目の前に土の壁を錬成する。


「小賢しいですね」

「俺の膨大な魔力で強化した土壁だ。さすがのサテラでも――」

「言ったはずですよ。《剣王》を舐めない方が良いと」


 土壁と拳が衝突する。魔力の火花が散り、ギシギリと音を立て、ヒビが入り始める。


「この土壁を砕くのかよ……でも想定内だ!」


 土壁で生み出した僅かな時間で、リグゼも拳に魔力を集める。《強化》を集中させた拳を、障壁が砕けた瞬間にカウンターの一撃としてサテラの腹部に叩き込んだ。


 意表を突いた一撃を受け、土に塗れながら転がるサテラだが、すぐに態勢を立て直す。強力な一撃を入れたはずなのに、顔色に変化がなかった。


(インパクトの直前に魔力を集中させて防がれたか……でも、実験は成功だな。魔術の盾と武術の拳、両方を組み合わせれば、格上にも十分通用する)


「これで五歳ですか……末恐ろしい実力ですね」

「まさか、これで終わりじゃないよな?」

「もちろんですとも」


 息を肺まで吸い込んだサテラは、一気に吐き出して呼吸を整える。息吹という武術の技の一つである。


(サテラとの闘いは楽しいな)


 底知れぬ強さを持つ彼女との衝突は、リグゼから強さを引き出す。


(盾と拳の組み合わせが有効だとしたら、剣と拳はどうだ?)


 脳裏にアイデアが浮かぶ。それを具体化するため、《錬金》の魔術が、土から数千の剣を生み出した。


 宙に浮く大量の剣が照準をサテラへ向けると、彼女の口元に苦笑いが浮かんだ。


「師匠を虐めるのが好きな弟子ですね」

「《剣王》なら躱せるよな?」

「当然です」


 発射を命じると、剣の雨がサテラに降り注ぐ。それをギリギリで躱し、彼女は間合いを詰めてくる。


「躱してばかりでは芸がありませんからね」


 近づきながら、サテラは向かってくる剣の柄を握ると、そのままクルリと投げ返してくる。勢いよく飛ばされた剣だが、リグゼに命中する直前で霧散する。


「俺が生成した剣だぞ。消すかどうかも俺の意思次第だ」

「これだから魔術師の相手は厄介ですね」

「もっと面倒になるのはここからさ」


 サテラが一定距離まで近づいてきたことを確認すると、剣の雨を中断させる。なぜ止めたのかとキョトンとしている彼女との距離を、リグゼの方から詰める。


 剣の雨を躱すためにサテラは体力を消耗していた。その疲労は互角だったはずの肉弾戦での遅れへと繋がる。


「これだけでは終わらない。まだ奥の手があるからな」


 ボール遊びの時にアリアが発動した《時間操作》――その術式すべてを解析できなかったが、僅かな手掛かりから、彼はその魔術を一部だけだが解き明かした。


 魂のチューニング時に手に入れた劣化した状態でもコピーできる能力のおかげだ。ステイタスにもしっかりと《時間操作》の項目が追加されている。


――――――――――――――――――

『名前』リグゼ・イーグル

『魔力値』3000(ランクB)

『成長曲線』ランクS

『固有魔術』

 鑑定(ランクS)

 召喚(ランクS)

『基礎魔術』

 錬金(ランクD)

 命令(ランクD)

 炎(ランクE)

 水(ランクE)

 雷(ランクE)

 土(ランクE)

 風(ランクE)

 回復(ランクE)

 強化(ランクF)

『劣化魔術』

 時間操作(ランクS→ランクD)

――――――――――――――――――



 成果を誇示するように、リグゼは《時間操作》を発動させる。静止した時の中で自由に動けるのは彼だけになる。近づくと、魔力を集中させた拳をサテラに叩きこんだ。


 術式の限界時間に達し、静止した時が動き始めると、サテラは腹部に広がる痛みで膝を折る。異変を察知し、額に汗を浮かべた。


「いまのはまさか……」

「時間を止めた。完全な時間停止とは違い、数秒しか止められないけどな」


 前世のアリアは《時間操作》を完璧に使いこなせた。もし時が静止した世界を、制限なく、自由に動けるなら、それこそまさに何でもありの最強だ。


(いつか俺も習得してやる)


 まだ見ぬ力への期待で胸を躍らせていると、背後から誰かにギュッと抱きしめられる。


「さすがは私の子供。天才だ!」


 抱きしめてきた人物の正体はグノムだった。我が子を誇るように頬を摺り寄せてくる。


「髭が痛い、止めてくれ」

「悪い、悪い。だが嬉しかったのだ。親の心を分かってくれ」

「サテラは剣を使っていない。だから勝てただけだ」

「謙遜しなくてもいい。無手でも《剣王》と互角に戦える魔術師は領内に一人もいない。誇るのに十分な実力だ……ふむ、これなら与えてもよいかもしれんな」

「なにかくれるのか?」

「ふふふ、それは楽しみにしていろ。さて、忙しくなるぞ」


 グノムは嬉しそうに屋敷へと戻っていく。その軽い足取りを、サテラと共に眺めるのだった。

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