第一章 ~『目覚めた時間操作』~


「お兄様、一緒に遊んでください♪」

「おお、いいぞ」


 アリアのリグゼへの依存は日増しに強くなっていたが、懐かれるのは悪い気がしないため、ついつい相手をしてしまう。


(年を重ねれば、反抗期がやってきて、俺の事なんて嫌いになるさ)


 今は面倒見の良い兄として、内庭で遊びに付き合ってやる。抱きかかえられるサイズのボールを互いに投げ合っていた。


 リグゼはギリギリ捕球できるくらいの速さでボールを投げる。甘やかして、楽にキャッチできるようなボールを投げないのには理由があった。


 これが魔術発現の訓練になるからだ。


 遊びでも負けたくないと感情が昂ると、肉体に宿る魔術がその想いを叶えようとするのだ。


 そこで生まれる魔術は、その人が生まれ持った力であり、《固有魔術》に区分される。


 この《固有魔術》は誰もが生まれながらに素質を持っており、発現する魔術もランクもGからSまで様々だ。


 一方、《固有魔術》の中で研究が進み、術式が公開されたことで、後天的に習得可能になった魔術を《基礎魔術》と呼んでいる。


 《基礎魔術》はランクD以下のものしかない。これはランクC以上だと術式が複雑で、人間の脳では理解できないからだ。


 もっともランクD以下の術式も凡人では読み解けないほど複雑である。後天的に会得するにしても、習得には長年の勤勉が必要だった。


(アリアが生まれ持った力は《時間操作》だ。歴史上、使いこなせた魔術師は彼女しかいない。もし発現すれば、パノラたちから身を守る強力な武器になってくれるはずだ)


 そんな期待をしながらキャッチボールを続けていると、人影が近づいてくる。


「リグゼくんは、お兄ちゃんしているのですねー」


 人影の正体はサテラだった。アリアは初対面の相手に抵抗があるのか、気まずそうに視線を逸らした。


「お兄様、この人……」

「俺の剣の師匠、《剣王》のサテラだ」

「サテラ様ですか……可愛らしい人ですね……」

「まぁ、美人なのではないか」


 顔も整っているし、翡翠色の髪は人気がある。美人と表現することに抵抗はない。


「お兄様が女性の容姿を褒めるとは思いませんでした」


 瞳に嫌悪が浮かぶのを隠そうともしない。見る見るうちに、不機嫌になっていく。


「まさかとは思うが、嫉妬しているのか?」

「――ッ……お、お兄様は意地悪です!」

「ははは、なら安心してくれ。サテラとはただの師弟関係だ。なぁ?」

「私のストライクゾーンは大人な男性ですから。子供のリグゼくんに興味はありません」


 サテラの言葉に安心したのか、アリアはほっと息を吐く。二人の誤解が解消されたことで空気が穏やかになっていく。


「アリアちゃん、これから仲良くしましょうね」

「お兄様に色目を使わないと約束してくれるなら……善処します」

「もちろん、約束します……仲直りの証に、私ともボール遊びをしませんか?」

「いいですよ」


 恋のライバルが減ったと喜んだアリアがボールを投げる。子供の力で投げられたボールは、ゆっくりと山なりの軌道を描いて、サテラの元へと辿り着く。


「次は私からいきますね」


 サテラの手からボールが放たれる。ゆっくりとした動きは、子供のアリアでも楽にキャッチできた。


 だがアリアは手を抜かれたことが不満なのか、ボールを返すと、不満げに頬を膨らませる。


「サテラ様、私は手加減されるのが好きではありません。次は本気で投げてください」

「でも……」

「でないと、サテラ様のことを嫌いになりますよ」

「うっ……し、仕方ないですね……」


 《剣王》が全力で投げれば、アリアは無事では済まない。本気で投げたと信じて貰えて、なおかつ、怪我もしない威力が求められる。


「緻密な力の制御は苦手なのですが……」


 放たれたボールは先ほどと違い、空を裂く速さだった。向かってくるボールを、彼女は難なく受け止める。


「えっ……あ、そういうことですか……」


 このままでは怪我をすると判断したリグゼが、アリアに《強化》の魔術をかけたのだ。自分の力で受け止めたと信じた彼女は、嬉しそうにボールを返す。


「リグゼくんがサポートしているなら、もう少し本気を出せそうですね……」


 ボールを握る力が増し、いびつな形に変形する。これはマズイかもしれないと、リグゼが感じた時には既に遅かった。


 放たれたボールは目で追うのがやっとの速度で向かっていく。《強化》の力で肉体を頑丈にしても、まともに受ければ、手の骨が砕ける威力だ。


(助けないと! だが、この一瞬では……)


 間に合わない。そう感じた瞬間、サテラも失敗を悟ったのか後悔で表情が青ざめる。だがアリアだけは自分を信じ、瞼をしっかりと開けていた。


 ボールはアリアに直撃する。だが彼女が吹き飛ぶこともなければ、怪我をして痛みで泣き出すこともない。ボールをゆっくりとキャッチしていた。


「お兄様、あんなに速いボールでも捕れるようになりました♪」

「あ、ああ……」


 リグゼは《強化》以外に何もしていない。それにも関わらず、ボールは一瞬で勢いを失った。


(導き出せる正解は唯一つ……力が発現したんだ)


 物体を静止させる力――最強の《時間操作》を無意識下で発動させ、時間を止めたのである。


 妹の覚醒に満足したリグゼは、サテラと交代し、一緒に遊んでやる。彼女は兄と一緒にいられることを無邪気に喜ぶのだった。


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