第10話 隣


「ここは地獄の入り口かな?」

「ちょっと怖いですよね」


 講堂はやたらと広いし、やたらとでかいステージがあるな、と思ったが、二、三年が観客として観にくるとは思わなかった。

 控室はクラスごとで、栄治たちのクラスは本番前の緊張に完全に呑まれている。


「栄治は星光騎士団の衣装を借りられたのですね」

「先輩が一年の時に着ていたやつなんだって」

「栄治、顔が死んでいますよ。真歳先輩に見つかったらシバかれるレベルです」


 このサイズがあのサイズになると思うと、羨ましすぎて嫉妬しそうだ。

 栄治はあまり筋肉がつくタイプではない。

 あの逞しい筋肉を育てるのには、努力だけでなく体質という才能も必要だ。

 先輩は栄治に「アンタは才能があるんだから!」というが、栄治からすれば先輩にこそ素晴らしい才能がある。

 この衣装を着ていると、その才能の差を思い知らされるようで切ない。


「ところで、その紙袋は?」

「ああ、鶴城に渡そうと思ってたの。はい」

「はい?」

「デビューライブって一人ずつでしょ? でも鶴城は俺と同じ舞台で戦っていくんだから、俺だけ衣装を着てるのはお前にちょっと不利かなって思ったから、作った」

「……つ、作……作っ……? い、いつ……」

「四日前から?」

「作っ……た」


 鶴城のサイズが栄治と大して変わらないということは、弟くんたちに聞いていた。

 装飾品は多くはないが、和服を参考にしたのでやや渋い。

 しかし、鶴城なら着こなせるだろう。


「ア行からサ行の苗字の人はステージ横に移動してくださーい。ステージに上がったらクラスと出席番号と名前、曲名を言って歌ってください。歌い終わったらすぐにステージ袖に戻ってきて、控え室で待機をお願いします」

「早く着替えて」

「は、はい!」


 ア行からサ行ということは、タ行の鶴城は次だろう。

 流れ作業のように歌うことになるので、時間はないはずだ。

 呼びに来た人の指示に従い、栄治は控え室から出て行った。

 最後の確認はしたし、縫い残しはない、と思うが——今日のステージさえこなせれば後日手直しをすれば問題ない。

 そんなことより、まずは自分だ。

 チラチラと栄治が纏う衣装に萎縮する同級生たちには、見向きもしない。

 他人のことなど気にしている場合ではなかろうに。

 舞台袖にたどり着いたらあとは——あっという間に出番が回ってくる。


「一年A組、出席番号5番、神野栄治でーす」


 曲名も告げ、息を吸い込む。

 歌詞のテンポが早く、低音が難しい。

 しかしそれもこなし、振付も覚えた通りに踊れた。

 なにより——鶴城の真似をして、演技もできたはずだ。

 付け焼き刃に過ぎなくとも。


(焦れろよ。今度は。お前が。俺に)


 焦ればいい。

 栄治よりも心の死んでいる出涸らしの時代劇王子。

 神野栄治という子どもが、栄治なりにあがいて手に入れた答えをしっかり見て、感じろ。

 栄治に残っているのだから、鶴城一晴にもきっと残っているだろう。

 だから声を張り上げて歌え。

 この歌を聴いて、お前も焦ればいい。


「ありがとうございました」


 歌い終わったらちゃんとお辞儀もする。

 前の四人は緊張し過ぎて忘れていたようだったから。

 始まりと終わりのお辞儀は栄治が初めてだったので、二、三年の顔が明らかにニヤニヤとしていた。

 性格の悪い。

 しかし、この業界に限らず、性格は悪くないと生きていけないだろう。

 顔を上げたら盛大に笑いかけてやった。


「こ、神野、振付まで覚えたのかよ」

「覚えないと先輩にしばき殺されるからね」


 これから歌う者たちにとって、神野栄治の存在はどれだけのプレッシャーになったのか。

 あまり嫌味になり過ぎない程度に言い返して、控え室に戻る途中、袖に来ていた鶴城とすれ違った。

 その時に見た表情だけで、作り物の笑顔が本物になる。

 あの——焦れた表情。

 そうでなければ、これから背中を預けられない。




 ***




「“アイドル神野栄治の”最初のファンは、私ということでいいでしょうか」

「もう少しマシな負け犬の遠吠えなかったの? クッソつまらないんだけど?」


 鶴城一晴は惨敗である。

 多分クラスの中では特に下手な部類だった。

 練習棟の一階ホールには時々二、三年生が通るだけで今は栄治たちしかいない。

 先輩たちが来るまで、ここで待っているつもりなのだが——鶴城がわかりやすく落ち込んでいる。

 ソファーの背もたれに座って水を飲み干した栄治は、飛び降りてからペットボトルをキャップと分けて捨てて、新しい水を買う。


「でも目立ってたからいいでしょ。衣装、思ってた通り似合ってたしね。さすが俺」

「それは、もう、本当に……。しかし、本当にもらっていいのですか? 材料費だけでも……」

「あー、材料費は……いいよ。正直初めて作ったから、そのうち切り裂きたくなると思うしね」

「切り裂き……」


 自前衣装は自分の分も作らなければならない。

 その練習だと思えば、その練習を鶴城に押しつけたことになる。

 もちろん鶴城に似合うと思ったデザインと生地で作ったけれど。


「それより歌の練習頑張ってよね。星光騎士団に入るのは、決まりなんでしょ?」

「これだけお世話になってしまっては」

「じゃあ尚更。俺ので歌うなら、もう少しマシになってもらわなきゃだよね」


 ソファーに座る鶴城に、手を差し出す。

 その意味に、鶴城はすぐに気がつくだろう。

 顰めた表情。

 差し出した手を掴むと、立ち上がる。


で歌えるだけ、歌えるようになって見せましょう」

「へぇ〜〜〜〜。それは楽しみだねぇ〜」





 了

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