第7話 お互いさま


 いや、本当にキツい。

 歌とダンス、両方はキツい。

 正直言って、舐めていた。


「オーケーだな」

「腹立つな、こいつ」

「でしょう〜? でもやっぱり形だけ取り繕った感じが強いのよね」

「閂は神野に厳しすぎないか? 初心者でここまでできたら十分だと思うぞ?」

「甘やかすとダメなのよ、この子は」


 久しぶりに息切れをして水を飲む。

 隣ではまだボイストレーニングをしている鶴城。

 昨日より上手くなっているし、歌詞は完璧になっている。

 さすが天才時代劇子役と呼ばれただけはあり、歌詞という“セリフ”を覚えるのは得意のようだ。

 しかしどうにも音程とテンポが悪い。


「というか、ここまで覚えがいいならうちの持ち曲も覚えさせるか」

「!?」

「あら、リーダー」


 赤く染めた髪の三年生。

 いかにも騎士、という背筋のピンと通った長身は光原こうはら騎一きいち

 芸名なのか本名なのか知らないが、星光騎士団のリーダーには相応しい名前だ。

 それにしても、爽やかな笑顔でとても余計なことを言ってくれる。


「それに、君が次のことを始めると鶴城にもいい刺激になるみたいだしな」

「…………」


 ああ、やはりバレているのか。

 どこまでバレているのかはわからないが、少なくとも栄治と鶴城に芽生え始めているものは、周りから見てもわかりやすいものらしい。


「リーダーってアンタの好みじゃない?」

「いや、俺もう少しムキムキの方が」

「あー、そう言われるとちょっと足りないかもねぇー」

「なに?」

「「なんでもないでーす」」


 耳打ちしてきた先輩にこっそり返して、また溜息を吐く。

 そこからは五曲同時の視聴。

 映像データも渡されて、振付も覚えるように言われた。

 鬼か。


「さてと、俺たちはこれから仕事だ。出かけるぞ」

「はーい」

「というわけで今日はアタシたちこのまま直帰するから、アンタたちも適当なところで切り上げて帰ってイイわよ。残ってもイイけど戸締りは第二か第三の子がやるから、声かけられたら大人しく帰りなさい」

「はぁーい」

「わかりました。お気をつけて」


 星光騎士団第一騎士団というユニットは、アイドルグループとして普通に活動している。

 アイドル黎明期と言われる昨今で、仕事があるのはすごいことだ。

 三年生中心の四人組グループで、リーダー光原騎一を中心に、真歳閂、椎名しいな実千みち、唯一二年で一軍入りしている東座あずまざらんで構成されている。

 実力があるのは間違いないし、全員キャラが濃いのであの中にこれから組み込まれると思うと胃が痛い。

 なお、光原と椎名と東座は俳優畑の人間だ。

 真歳の言う通り、鶴城はよほど彼らに期待されているのだろうと思う。


「…………じゃあ俺は帰るね」

「まさかの直帰ですか!?」

「生活スタイルあんまり変えたくないんだよね。鶴城はこのまま練習するの?」

「しますなぁ……デビューライブは明後日なので」


 ふーん、と興味なさそうに返事をしつつ、水を飲み干す。

 それにしても、すごいレッスン室である。

 自動販売機に、ゴミ箱が缶とペットボトル、燃えるゴミと三種類。

 清掃員が一日の最後に必ず清掃にも来るらしい。

 東雲学院芸能科、金ありすぎだろう。


「……歌詞がセリフみたいに覚えられるんならさ」

「はい?」

「音楽とは、掛け合いだと思えば?」

「……!」


 余計なことを言っている。

 自覚はあるけれど、別に鶴城一晴という人間を“敵”だと思ったことはない。

 おそらく現時点で、神野栄治に敵と呼べるほどの同級生はいない。

 他の生徒たちの様子がどうかは知らないが、栄治と——鶴城より秀でている者はいないはずだ。


「なるほど……試してみます」

「振付も、お前なら簡単に覚えられるだろうね」

「それは——どうでしょうか?」

「覚えるでしょ、お前なら。体を動かしながらセリフを言うのは、得意だろうしね」

「…………」


 自分が持っているアドバンテージなど、大したものではない。

 本気でそう思っているから、ペットボトルを捨ててから鞄を持ち上げる。


「俺も今度は、演技を覚えるよ」

「……栄治が演技を覚えるのは、末恐ろしいですなぁ」

「お互いね」


 けれど、どこまで通じるものだろう。

 少なくとも先輩には見抜かれるだろうから、本当に初見さん向けだろうな、と溜息を吐く。

 そう思ってから、鶴城の凄さを実感する。

 腹の奥の奥底から感情を出す演技を、なんの感情もなくやってのけるのだから。

 それとも彼は出し尽くした出涸らしなのだろうか。

 どちらにしても、出涸らしになるほどすべて出し尽くして、それを覚えていていつでも出せるようになっている彼にはきっと絶対に敵わない。

 そこまで思い至ってようやく納得した。


(あー、俺じゃ勝てないからかぁ……そりゃ焦れるよね)


 しかし焦れるということは、彼にだけ自分の中の死んでいない部分の感情が反応したことになる。

 似ているのに、同じだと思っていたのに、彼の方がずっとずっと死んでいて——そして勝てない。

 いつもなら特になにも思わないのに、このままでは嫌だと思う。

 程よいところを漂う、海月クラゲのような生き方でいいと思っているのに。


(……お互いにね、なんて言わなきゃよかったなぁ)


 それではまるで、神野栄治も彼と同じ場所に行きたいみたいではないか。

 負けるとわかっているのに、彼が至る高みに、自分も?

 そう思っているかのような言葉が自分から出たのが驚きだ。


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