第6話 器用


「神野殿は存外“いい性格”をしておられる」

「性格よくて生きていける業界とかなくない? っていうか、あんなわかりやすい罠に引っかかる方がどうかと思うしね?」

「ふふ。ですなぁ」


 入学から四日目。

 デビューライブまで三日。

 入った仕事もこなしつつ、昼食は教室で食べた。

 隣の席の鶴城が時々話しかけてくるのも、慣れてきてしまったくらいには順応してきている。


「栄治は自分の顔がずいぶん嫌いなのですな」

「——」


 雑談のような口振で、突然投げ込まれた爆弾に危うく口を開きかけた。

 さぞわかりやすく反応してしまったことだろう。


(ああ、窓際の席なのに窓を見ないからか)


 と、すぐに察して「まあねぇ」と食事に戻る。

 初日に踏み入ったことをした自覚があるので、この程度の意趣返しは仕方ない。


「でもいきなり呼び捨てはないよね」

「栄治も一晴と呼んでくださっていいんですぞ」

「んー、気が向いたらね」


 そんなに仲良くする気はない。

 そもそも、自分が同類嫌悪を抱いたなら鶴城も栄治に対して同じものを抱いていておかしくないだろうに。

 それすら呑み込むのか、はたまたそれさえ感じないのか。

 だとしたら不感症すぎる。

 栄治よりよほど重症ではないか?


「それより、今日から星光騎士団の方からレッスンに来いって言われてるんだけど、鶴城はどうするの」

「そうですなー……歌う曲は決まったので、お邪魔しようかな、と思います」

「はぁ……放課後までお前と一緒なのはちょっとしんどい」

「むう」


 などと憂鬱に思っていたのだが——。


「下手すぎない?」

「下手すぎるな」

「俳優っていっても、ここまで音程とテンポの感度が壊滅的なやつは初めて見たぞ」


 先に歌ったことが申し訳ないぐらいに、ボロクソに言われている鶴城。

 思わず隣を見ると、すっかり落ち込んでいる。

 しかし隣で聞いていて、鶴城のズタボロ具合には驚いた。

 カラオケに行った時に聞いていなかったから、ここまでひどいとは思わなかったので。


「対する神野は歌詞もテンポも音程も完璧だな。本に初めてか? 振付覚えるところまでいけそうじゃないか?」

せんが推すからある程度は期待してたけど、期待以上だなぁ」

「この子、器用だから大概のことは簡単にこなすのよ。振付もすぐ覚えるわ。でもそれだけなのよね。そこが課題で、難題だと思うわ」

「へー」

「…………」


 先輩め、余計なことを。

 しかしおそらく事実。

 歌に感情を込めるとか、そういうことはきっとできない。

 先輩には感謝しているし、恩義も感じている。

 右も左もわからないただのアルバイトに、プロとしての心構えを叩き込んでくれた。

 だから応えたいと思う。

 それがこの人への恩返しになる。

 でもできないものはできない。

 なにも感じなくなって、もう八年以上経つ。

 自分には、多分、もうなにもない。

 あの時、自分の心も一緒に連れて行ってもらった。

 いや、ついて行ってしまった。

 体を連れて行ってもらえなかったから、せめて心は——。


「とりあえず鶴城は音程とテンポ、歌の基本を練習だな。神野は振付と……これなら衣装も用意してよさそうだ。閂、頼んでいいか?」

「いいわよ。とりあえずデビューライブはうちの子の一人勝ちね。おーっほほほほ!」

「先輩、気が早い……」


 他にも最初からアイドル志望の生徒はいたはずだ。

 モデルの栄治の一人勝ちは、さすがにないだろう。

 しかし、自前で衣装を用意してくる気合いの入った生徒は果たして何人いるだろうか。


「っていうか、衣装まで着るんスか……? 制服でよくない……?」

「着られる子は着るわよ。これからグループ外でも活動することになると思うから、グループ用以外にも自前の衣装はあった方がいいわね。デビューライブのあとはバトルオーデションもあるし。アンタはウチが唾つけてるって他のグループにわかるようにしておかなきゃいけないから、どっちみち衣装は着てもらうわ」

「ぐぅ……」

「それとも自分で用意するぅ? 一から縫うのは大変よ〜?」

「うぐぅ……」


 色々大変みたいである。

 しかし、隣で同じ話を聞いて虚無の笑顔を浮かべる鶴城よりはマシかもしれない。

 溜息を吐いて、真歳ともう一人、別な先輩に振付を教えられた。

 夕方になる頃にはすっかり覚えて驚かれる。

 息切れもしていないな、と褒められたが、それは真歳に言われたランニングという犬の散歩を毎日朝夕二回、続けていたからだろう。


「いかん、鶴城の喉が枯れてきた」

「腹式は完璧なんだ。お前喉で声出そうとしてるからだぞ」

「す、すみません……」

「とりあえず今日は帰るか? まだ時間あるならつき合うけど」

「残ります! ご指導よろしくお願いいたします!」


 そのやり取りを見て、真歳が栄治に視線を戻す。


「アンタどうする?」

「帰りまーす」

「そういうヤツよねぇ、アンタ」

「まあ、ここまで完璧に覚えられるとな。あとは曲と合わせて踊れるかどうかだ。これは明日で大丈夫だろう。デビューライブには余裕で間に合いそうだな」

「はあ……」


 人に褒められることは、よくある。

 人より器用なので、大概のことは簡単にできるようになるので。

 ただ、最初に先輩に言われたことがずっと頭に残っている。

 これからの課題を思うと、しんどい。

 荷物を持ってレッスン室から出る前に、もう一度鶴城を振り返る。

 真剣にレッスンを受ける姿は、じわじわと腹の奥に妙な感覚を植えつけた。


(なにこれ、焦り?)


 それとも嫉妬だろうか。


(俺が? なんで?)


 嫉妬はされるもの。

 自分がするものではないと思う。

 でも、不思議と帰り道に布屋に寄って色々買い込み、帰宅してから家事や犬の散歩をこなしつつ、服を作り始めた。

 多分初めて作るが、やり方をネットで調べながらやれば難しくはない。


「なに?」

「んー、なんでもないぞ」


 祖父にはなにやら察されたが、無視した。

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