獣がネオンに牙を剥く☆☆

「こんな光景初めて見るな。神楽会長の機嫌が心底悪い」

 隣の男に気を遣う様子はなく、リオが煙草に火を付ける。

「本部長様。たまには役に立っていただきありがとうございます」

“様”と敬称を付けたのはただの嫌味だ。部長と飛ばれた男が嘆息を漏らす。


「これでまたカグラの言いなりだ。まあ、私がお前たちをSA-F00に指名したのだから恨むなら自分を恨むよ」

 リオがふうっと煙草の煙を燻らせ、その行く先を目で追った。そして煙が空へと消えていくと煙草で空をさす。

「ああ、部長様、これは」

 2人が空を見上げた。



 レイドたちが侵入した建物内も明かりが消え真っ暗になる。ナイアが所持していた電灯が唯一の頼りだ。2人が階段を上っていくと電灯に影が映る。

「ひっ」

 ナイアが驚いてのけぞるとレイドがすかさず影に襲い掛かる。ガシャンという音がする方へ光を当てると人間型のロボットが転がっていた。


「なんだ? バッテリーもろくに充電されてない壊れかけのアンドロイド? こんなガラクタも作ってやがったのかよ」

 レイドがそれを足でつつく。アパート内を捜索する2人に何かが襲ってくる様子もない。もはやその建物はもぬけの殻のようだった。


 廊下を歩いていると一つの部屋のドアが薄く開いており、直観で何か気配を感じた。レイドとナイアが目を見合わせる。ゆっくりと扉を開けるとやはり真っ暗な部屋の中、人の気配はない。ナイアが電灯で中を照らす。部屋の中央には何やら大掛かりな機械とコンピューターが置かれている。その奥の部屋にナイアが入る。

「レイド! これは――」


 レイドが駆け付けるといくつも並べられたベッドに子どもが横たわっていた。

「まさか、この子たちって……ユミルさん、聞こえてますか?」

「照合してみるよ、端末でその子たちを写せる?」

 レイドがユミルと連絡を取っている中、ナイアが子どもの一人に掛け寄り、瞳孔の状態や呼吸、心拍数、外傷の有無を手際よく確認していく。


「やっぱり、ここ数週間で行方不明になった子たちだね。リオくん、データを送るからよろしくね」

 ユミルの内線に「ああ分かった」と短く返事があった。


「ナイアさん、子どもの様子はどうですか?」

「外傷や命に係わる問題はなさそうだけど、脳神経が結構やられているね」

「脳神経?」

「機械から脳に干渉があったのかもしれない」

 他の3人が息を呑んだ。


 次にナイアが部屋にある装置を調べ出した。

「もしかしてだけど、脳情報の解読技術が使われていたんじゃないかな」

「脳情報……解読……ちょっと良く分かんないっすけど」

「脳内に描いた映像を画像化する技術があるのは知ってるでしょ?」

「うす」とレイドが不快そうな表情で返事をする。


「これは頭蓋内脳波を具現化までもっていける装置なんじゃないかと思う。たとえば不満や不安なんかを具現化したものが蝶。それが人を襲っていた。子供ならマイナスの感情を煽るのも大人より容易だし。マスタープログラムが持ち去られてるからオレの想像の範囲」


「そこにある装置を持って帰れば何か分かるか?」

 リオの問いにナイアが眉をひそめる。

「これくらいの装置ならオレにも作れるよ。肝心なのはプログラム。ここに誰も残っていないってことは持ち去られたかな。一歩遅かったね」


 4人が悔やんだ表情を浮かべる。

 そうしているうちに警察隊が次々と建物内に入ってくる。子どもたちの救援や現場の捜索などをし始め、慌ただしくなってきていた。



 人を襲う蝶。都市全体に発信された予告状。持ち去られたプログラム。まるでレイドたちがたどり着き、蝶の被害を食い止めるところまでも犯人の計画通りのように感じた。

「これって此れきりで終わらなさそうですよね」

 険しい顔になるレイドが拳をぎゅっと握った。

「まずは子どもたちが無事だったことを良しとしよう。冴島、不破、久我もご苦労だった。そろそろネオンが戻る」


「あ、レイドくん、ナイアくん! 外に出て! 空見てみてよ」

 慌てたようにユミルがレイドたちに告げる。

 レイドとナイアがビルを下り、エントランスから外へ出た。2人がユミルの言う通り空を見上げる。


「な、なんだこれ……!?」

「うわ、これってさ……」


「星だ」

 ふっと煙を吐いたリオが答える。

「星!? 星って……こんなに綺麗だったのかよ」

 レイドの目に満天の星空が映る。その壮大な情景に圧巻された。


 早々に仕事を切り上げたユミルも研究所のベランダで空を眺める。その手に和傘はない。

 今はネオンの光もない。あるのは星と月の光だけ。星を眺め胸を躍らせるユミルに和傘は必要なかった。


 街にはカメラのレンズを空に向ける人々であふれかえっていた。皆目を輝かせ、顔を見合わせ笑い合う。人々にはこれまでとは違う笑顔がこぼれていた。


 それらの笑顔を見たからか星の光に癒されたからか、普段冷徹な表情のリオの顔も今は少しばかり緩んでいるようにみえた。他の3人でさえ見る事が許されない顔。

「ネオンの光は煩いからな。24時間ネオンに覆われたこの都市からじゃ星は見えない。地上こちらの光の方が強ければ星の光は負けて見ることは出来ない。それほどに星の光は儚い」


 リオが浮かび上がらせたホログラムの時計を確認する。

「残念だが、ネオンが戻る」


「ねえリオさん、もう少し、もう少しだけネオンを消していたらだめですか?」

 ふわふわとしたレイドの声が耳をくすぐった。

 声を聞いたリオの口元がふっと笑った。


Fin.

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ネオン・テネーブル 明日乱 @asurun

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