獣がネオンに牙を剥く☆

 フルフェイスのヘルメットを被ったレイドがバイクにまたがる。旧アキハバラの街中、クリスマスというのに人はまばらだ。出てきている者は皆外出禁止令を破り、端末で動画を撮影しに来ているような一般市民だった。

 一切の主権をカグラコーポレーションが握るこの街でCSポールが出した発令など大した力はない。


 グリップを強く握り、エンジンを吹かす。テクノロジーが進んだ今でもEVより水素エンジン車を好む人が多いのはやはりエンジン音がたまらないからだろう。レイドもその一人だった。「エンジン音なきゃ締まんないっすよ」そう話すレイド。バイクのエンジン音がまさにレイドの気合いを現していた。


「冴島、聞こえているか」

 HUDに搭載されているインカムからリオの声がした。

「はい、バッチリです」

「久我、そっちも大丈夫か」

「うん、問題ないよ」

「不破は、まあ冴島がいるからいいだろう」

「ちょっと! オレも聞こえてますう!」


「久我は蝶の反応があり次第場所を冴島に伝えろ。冴島はすぐその場所へ向かい、ホシの確保だ」

「はい! 了解!」


 レイドがユミルの作戦を思い出す。

『ダミーの電波をね、街中に張るんだよ。念のため街のみんなが持っている端末の電磁波も拾う。蝶が出現すると、その一帯の電波が打ち消される。あっちから発生場所を教えてくれるってわけ。あとは発生個所が複数ない事を祈るよ』


「やっぱすげーな、ユミルさん」

 レイドのグリップを握る手にも力が入る。

「オレもほめてよレイドお」

 レイドの腹がぎゅっと締め付けられる。


「ねえ、なんでオレも現場に突入なわけ!? 全部終わってから施設の偵察に行くんじゃないの!?」

 レイドの後ろに跨り、前の胴体にぎゅっとしがみつくナイアが零す。

「もし製造マシーンがそこにあるなら対処できるのはお前だけだろ、不破」

「そんなあ……。ところでリオは大丈夫なの? ネオンの件」


「俺が好き好んで無能な上層部に毎日頭下げてると思っているのか。そこは心配するな。ただし消灯できる時間は45分だ。サブの電気は水素ステーションやネオンプラントなどに回す。蓄電があるとはいえあれらは大量の電気を食う。あれが止まれば上が俺たちの首に刃物つきたてにくるぞ。出来るだけはやく済ませる」


 街はいつもに増して静けさを増す。あちこちには端末からネットワーク配信をする若者や、緊急配備をしている警察隊がいるにも関わらずどこか静寂とした空気があった。4人の間に流れる緊張がそう思わせているのかもしれない。

 

 ゆっくりと時間が進む中、ユミルが見つめるディスプレイが反応を示す。ユミルが画面に飛びつく。


「レイドくん、来たよ! 北西に向かって。今目標ポイントを送るね」

「おっしゃ、飛ばしていきますよ、ナイアさん!」

「マージで行っちゃうのお!?」

 ナイアが泣き顔でレイドにしがみつく。エンジンを全開にふかしたバイクが一散に道路を駆け抜ける。


「ほら、ナイアさんこないだスパイ映画見て『オレもやってみてー!』って言ってたじゃないすか! 今がその時!」

「そういうのってただのノリでしょ。実際問題とは違うのよ」

「かっこよく窓から侵入してくださいよ」

「それするのはオレの役じゃないでしょお」


 2人のやり取りが無線から流れてくる。次第にリオの眉間の皺が濃くなる。

「……お前ら少しは静かにしろ」


「リオくん、確かに今回蝶の数がはるかに多いみたい。レーダーが示してる場所はただの廃アパートみたいだけど。蝶の範囲がどんどん広がってる。人が外に出てなきゃいいけど」

 ユミルが見るディスプレイの画面が忙しく切り替わり、各地の様子を映し出す。


「冴島、あと何分で着く」

「あと3分。ただのアパートならたいしたセキュリティーもなさそうだし、電気落とします?」

「いや、現場の状況が分からない今は時期尚早だ。それに周りの警察隊がガンバーナーで応急対応中だ。久我は冴島が到着次第セキュリティーを切れ。すぐにネオンこいつらを落とす」



 廃ビルに向かうレイドがさらにスピードを上げる。レイドやナイアの頭上を蝶が埋め尽くしていく。そしてリオの目にもまばゆい光が捕らえられた。確実に蝶が街の中心へと近づいている。

「ユミルさん! 目的地、到着します!」


 蝶の群が街に建ち並ぶビルのガラスを叩く。隙間があれば入らんとしている。動画を取っていた若者たちも一斉に蝶が迫る方向と逆方向へ駆け出す。

 空が眩しい膜で覆われようとしていた。


「アパートのすべてのセキュリティーを解除、リオくん」

「10秒後にブラックアウトだ」


 レイドとナイアがバイクを乗り捨てアパートの入り口へと走る。襲ってくる蝶を警察隊の炎が焼く。2人が入り口に滑り込んだところで光が消えた。



 カグラコーポレーションのビルがそびえ立つ空も蝶が埋め尽くそうとしていた。その空の下にリオはいた。一気に暗転すると見たこともない光景が広がる。交通機関、ライフライン、光で回っていた日常が止まる。

 蝶がぴたりと動きを止め、光を失くすとハラハラと舞い落ちる。蝶を払うリオの隣に一人の男が立つ。

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