獣は檻の中で目を光らせる☆

 Area1では空中に敷かれたレールをエアキャビンが走る。昨晩の任務から一夜明け、早朝にレイドとナイアが街に向かう。キャビンの壁にもたれ掛かり、レイドが窓からArea1の街並みを見つめていた。晴れわたる青空に澄んだ空気。それなのに朝からネオンの光が煩い。


「ねえナイアさん、俺らが住んでるArea1って昔はカントウって名前だったんですよね」

 レイドの前に立ち、大きなあくびをするナイアが片眼を開けレイドを見る。

 今日もレイドは「これが一番動きやすい」と戦闘服を着こむ。ナイアが履くカーゴパンツに合わせたゴツめのスニーカーは、スニーカー収集家であるナイアこだわりの一足だという。

 

 ナイアが窓に目を向けるとどの建物よりも高くそびえつビルが目に入る。ガラス張りのビルが青い空をそのまま映し出す。


「カグラコーポレーションが力を持つ前の話だね。脱炭素計画が世界的に遂行されて、技術力不足によって一時的に置いてけぼりにされたニッポンを救ったのがあのカグラ」

 ひときわ高く、ビル上に「KAGURA」と浮かび上がる3Dホログラムを窓越しに指さす。


「水素ステーションの建設に加えて、希ガスのネオン抽出巨大プラントの所有に成功したかと思うと、市場ではネオンが瞬く間に高騰。今ではカグラが牛耳るArea1が行政も逆らえない独立都市になっちゃったって話だよね」

「元々カグラは大富豪だった感じですか?」

「いやあ、昔はこの街の小さな企業だったみたいよ」

 レイドが窓に張り付きエアキャビンの下に広がる街並みに視線を落とす。


「この辺りって昔はアキハバラって名前だったんですよね? ぜってえ古代神のアラハバキと関係あるんですよ! だからそんな膨大な力を振るうことが出来たんですよ」

「レイドはその説好きね。昔のことだから分かんないけど、語呂が何となく似てるだけなんじゃない?」

「その語呂が似てるってのが怪しいじゃないですか」

 キラキラと目を光らせるレイドにこれ以上言い返すのは野暮に思えて来たナイアが苦笑する。


「あー‼」

 突然叫ぶレイドにナイアがびくっと驚く。

「何なに!? 公共の場では静かにしてよ」

「リオさんとユミルさんが自走タクシー使ってる!」

 下の道路を悠々と走るオープンカーをレイドが指さす。その先をナイアが覗き込む。


「リオはまあ、いつもの重役待遇として、ユミルはしれっと便乗してるよね」

「俺には声もかけてくれない……安定の電車通勤」

「いや、リオはそういうヤツでしょ。大丈夫、オレも同じよ」

 2人が慰め合うように肩を組みリオたちが乗るタクシーが颯爽と走り去っていくのを見送った。



 レイドとナイアが待ち合わせのカフェに着くと、すでにリオとユミルがテラス席で朝食をとっている。リオは朝からかっちりとスーツに身を包む。ユミルは今日もキモノ風のファッションを着込み、和傘をさす。

「リオさん、ユミルさん、はよーございますっ!」

「おはよー」

 レイドとナイアも同じテーブルの席につく。


「ああ、ご苦労」

「レイドくん、ナイアくん、おはよう。モーニングセットでよかった?」

「あざっす。今日も有難くごちそうになります」

 しばらくするとモーニングセットが2つ運ばれてくる。さっそくレイドがサンドイッチにかぶりついた。


「昨晩の仕事は見事だったと本部長から言付けを授かった」

 ホログラムで表示される新聞をリオがチェックしながら3人に伝える。

「このまま蝶の案件はSA-F00で引き継ぐ。解決できればボーナスも弾むそうだ」

 フリックしてページをめくるリオは新聞から目線をはずさない。


「おお! マジですか! 昨日は40階のビルから飛び降りさせられるしケツ焼けるし、ボーナスでも出なかったらやってられないですよ」

「これもカグラがニッポンの行政機関から権利を奪ったおかげだね」

 ユミルがパンケーキに追いハチミツを掛ける。


「え、その前はボーナスもらえなかったんですか?」

 ハチミツに浸されたケーキを口に運ぶとユミルが満悦した表情になる。

「出たかもしれないけど、こんなに羽振りはよくなかったんじゃない?」


「ニッポン行政が都市防衛と治安維持をカグラコーポレーションに投げた。それで出来たのがCSポールだ。これはカグラの持つ民間企業のようなものだから、成果を上げただけ報酬が渡される。予算の少ないニッポン行政とは金回りは天地の差だろう」

 リオが相変わらず新聞をフリックする手を休めずに答える。


「なるほどー。なんか難しいことは分からないですけど、Area1がニッポンから独立状態になってるのはいいことなんすね」

 口周りについたソースを袖で拭おうとしたレイドにユミルがナプキンを渡す。ナイアは先ほどからサンドイッチやサラダに混ざったキュウリを避けるのに必死だ。


「それはどうかな? 経済が潤っていれば文句言う人も少ないけど、実質独裁でしょ。僕は止まないネオンの光にもううんざり」

 和傘を傾けると目にかかる光を遮った。街にあふれるネオンは言わばカグラコーポレーションの力の誇示。どんな物にでもネオンを使い、消すなと言われれば逆らえる物はこの都市にはいなかった。


「久我、そういえば昨日の蝶は研究室に持ち帰り保管させた」

「ありがとうリオくん。これで調べものができるよ」

「はいはい! オレも後で報告あります」

 サンドイッチを頬張りながらナイアが手を上げる。


「ならこの後研究所へ行ったときに聞こう。あと不破、あの件はどうなった」

「あー、子どもが行方不明になってる事件? レイドと足で稼いでるけど手ごたえなし。蝶の件でも手一杯なのになかなか時間取れないよ。ユミルの方は?」

「僕も監視カメラ当たってるけど情報なし。行方不明になった子どもに共通点もなさそう。連れ去りなのか、自主的なのかも分からない感じ」


 リオが小さくため息をつくと新聞を閉じる。

「引き続き不破と冴島は街で調査にあたってくれ。久我はカメラやネットワークの方面からなにか手掛かりがないか探ってくれ」


 リオが立ち上がるとカフェの前でタクシーを止める。無人の自走タクシーはすぐに顧客を「碓氷リオ」であると判別する。

「お前たち、乗らないなら歩いてこい」

 ユミルがリオに続きタクシーに乗り込む。レイドとナイアは急いで朝食を口に詰め込み、ナイアがまだ手を付けていないサンドイッチを掴むとタクシーの方に駆けていく。


「いきなり立ち上がって、ヒドイですよ。このチームじゃすでにリオさんが独裁者です」

 リオが睨むとすぐにレイドが「ごめんなさい」と返し、「冗談なのに」とナイアに泣きついた。

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