紫  2





ゆかりは豆太郎に連れられて歩いて十分ほどの

ケアハウス一寸法師に来た。


紫が言う。


「本当にこんな事があるんですね。」


豆太郎が彼女を見る。


「私の父も別の一寸法師にいます。父も宮司ぐうじでした。」


彼女は建物の中に入る。すうと息を吸う。


「この雰囲気は久し振りだわ。」


ここはある意味神社のようなものだ。

毎日清められ、清浄な気配に包まれている。


「でも、私は本当はこのような所にいてはいけないのよ。」


彼女が言った。


「紫さん、それはどういう事ですか。」


二人はロビーの椅子に座る。


「私は罪を犯したのよ。だから勘当されたの。」

「勘当って、いやその……。」


豆太郎が口ごもる。


「いきなり重い話でごめんなさい。

でも最初に言っておかないと駄目な気がして。

私の家は神社だったわ。結構大きな。

でもそれが嫌で反発ばかりしていたの。」

「……、若い時はそんなものですよ。」


紫はふふと笑う。


「それで家を飛び出して街に来たのは良いけど、

お金が無くなっていわゆるオレオレ詐欺の片棒を担いでしまったの。」

「詐欺ですか。」

「そう。いわゆる出し子をやらされそうになって、

そのマニュアルも渡されたけど、

する前にそれを持って警察に行ったの。」

「じゃあ、未遂じゃないですか。」


豆太郎が言う。


「でも父には許せない事だったみたいで勘当されたわ。

それからは一応真面目に働いているけど、父とはそれっきりよ。」


紫は自虐的に笑った。

桃介とピーチが彼女に寄り、その足元に座る。


「もし、紫さんが、」


豆太郎は犬を見る。


「もし紫さんが本当に悪かったらこいつらは絶対に寄りません。

しかも桃介は神官の匂いがすると言った。

こいつらは絶対に嘘はつきません。

紫さんは悪くないです。」


豆太郎は顔を真っ赤にしながら背筋を伸ばしはっきりと言った。


「あ、ありがとう……。」


豆太郎の性格を表したようなまっすぐな言葉だ。


「と、ところで紫さんが用のある人って誰ですか。」


紫ははっとする。


「その、あの会社の常務の紫垣さん、紫垣清二さん。」


豆太郎はネットで調べた事を思い出す。

常務の写真を見てあの夜の男の名は分かっていた。


「失礼ですが、その人と紫さんはどんなご関係なんですか。」

「私は今定食屋で働いているんですけど、そこの常連さんでした。

でも少し前から全然来なくなってしまって。

今日久し振りに来たそうですが顔色も悪かったようで。」

「ふむ。」

「それで……。」


紫が口ごもる。


「その、信じてもらえないかもしれませんが、

赤い玉があの人の体に……。」


豆太郎がいきなり立ち上がる。


「見えるんですか、あれが!!」


その大きな声に紫が驚く。

そして「彼女じゃないか」とこっそりと覗いていた

年寄連中も驚いて出て来た。

その中にはあの金剛もいた。


「おい、じいーさん達、なんだよ!」

「いや、その、豆の彼女かなあと思って。」


別の年寄に車椅子を押されて金剛も近寄って来た。


「馬鹿な事を言うなよ、この人はたまたま出会ったんだよ。

荒木田あらきだ紫さんだ。」

「荒木田さん……。」


金剛が考え込む。


「もしかしてお父さんは宮司さんをされていますか。」

「はい。もしかしてご存じなのですか。」

「お顔がそっくりだ。娘さんがいるとも聞いていたし……。」

「なんだ。じいちゃん、紫さんのお父さんを知っているのか。」

「ああ、実は事情も知っている。」


金剛の顔が真剣になった。


「さっき赤い玉がとか言っていたが……。」

「紫さんは赤い玉が見えるって。

で、紫垣製菓の常務の体の中に赤い玉があるって。」


金剛と他の年寄がざっと紫を見る。

みなの真剣な顔に一瞬紫は身を固くした。


「豆よ、金剛さんからある程度は聞いたけどな、

これは結構まずい話だぞ。」


一人の老人が言う。


「だよな、さっき紫垣製菓に行ったんだけどなんかこう、

ヤバいと言うか体全体で行くなと言う感じ?かな。」

「あのう……。」


紫がおずおずと言う。


「やっぱりかなり危ない話なんですよね。

あの、私もあそこは近寄るだけで怖くて。

それにあそこに勤めている方の中にも赤い粒があるのが見えて。」


みなの空気が変わる。


「豆よ。」


金剛が深刻な顔をして言った。


「これは相当差し迫った話だと思う。

一寸法師の本部にも報告すべき事案だ。

詳しく話を聞きたい。

紫さんもご迷惑かもしれんが話を聞かせてもらえるか。」


肌がぴりぴりするような雰囲気に二人は無言で頷いた。







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