6-4 終わりの始まり

 テレビの向こう側では女性キャスターがニュースを読み上げている。ただそれをボーッと聞いていた。

 時々体勢を変えソファーに再び寝転がる。今日も昨日も一昨日も雨だった。記録的な長雨らしく、最近のニュースは天気予報関連の事が多い。ニュースというのはどうしてこうも目先の事ばかり取り上げるのだろう。それがニュースというモノだと言われてしまえば、それまでなのだが、僕はそれがあまり共感出来なかった。


『今日も一日中雨でした。これで十日間連続の長雨となります。伊藤さん、この雨はいつまで続くのでしょうか?』

『はい、今夜一旦雨は止み、雲間が晴れる予測です。今日は久しぶりに星空が見えると思われます』

『それは良かった、もう最近雨ばっかりで梅雨に逆戻りしたのかと思ってしまいますよね』

『そうですね、この記録的な長雨は明日の朝また降り出し、明後日ごろまで続くと思われます。残念ながらお日様はもうしばらくお預けのようです』


 やれやれ、まだ続くのか。雨は好きだけれど、さすがにここまで続くと気が滅入る。

 僕はソファーから立ち上がり、リビングのカーテンを開ける。窓ガラスには雨粒が付着しているが、確かに雲が少しずつ流れていくように見える。天気予報のお姉様方が話している通り、雨は上がったようだ。

 空を見上げると月が久しぶりに顔を覗かせる。そして雲の隙間から、秋の四辺形がぼんやりとその姿を現した。秋の四辺形はペガスス座とアンドロメダ座の一部からなる少し歪んだ四角形だ。現在の時間は午後八時、ちょうど東の空に輝いている。秋の四辺形は二等星と三等星で構成されているため、これらは少し暗いが久しぶりに見られと、嬉しくなってしまう。

 秋の四辺形から視線を少し西側に移すと、はくちょう座のデネブ、こと座のベガ、アルタイルが見える。これは夏の大三角形と呼ばれる有名な一等星だ。季節はもう秋、けれど未だに夏の大三角形が強く輝き、一方の秋の四辺形はぼんやりとしている。この対照的な輝きが実に面白い。

 天体望遠鏡を持っていれば、どこかへ出かけたい気持ちになっていただろう。しかし僕は持っていない。少ないアルバイト代は我が妹千夏への奢り代として、殆ど消える。

 まあ僕も好きで奢っているし、天体望遠鏡を買えるほど貯金をするのは厳しいので、それはそれで構わない。


 そういえば最近千夏と連絡を取っていなかった事を思い出す。僕はカーテンを閉め、ソファーの上に投げ出されたスマートフォンを取り、LINEで千夏へ連絡を入れる。するとすぐに千夏から返信があった。元気にはしているようだ。

『今度、里奈さんも誘って遊びに行きたい』と返って来た。

 そして『勿論お兄ちゃんの奢りで』と付け加えられている。どこまで図太い神経しているのだろうかと、でもこの強引さは嫌いじゃない、僕は苦笑いを浮かべた。

『はいはい、おやすみ』と返信を返し、LINEを閉じようとしたとき、すぐ既読が付いた。まだ何かあるのだろうか。しばらく待ってみると、千夏からまた返信が届く。


『里奈さん、あれからどうなの?』


 文化祭で起こった一連の経緯も含め千夏へは連絡済だった。彼女を心配しての事だろう。僕は『変化なし』と短く打ちスマートフォンの画面を閉じた。

 再びソファーに寝転がり、またぼーっとテレビを眺める。今日も両親の帰りは遅い。金曜日の夜だというのに家族団らんの食事は無い。別に寂しくは無いが、侘しくはある。

 大事な息子を家に残して、よくまあこう毎日毎日遅くまで仕事が出来るよね。普通じゃないよ、全く。千夏が家を離れたがるのも無理もない。


 そんなときお腹が鳴った。そういえば家に帰って来てから何も口にしていない。時間は午後八時を過ぎたところだ。さすがに何か食べたくなってきた。

 立ち上がり冷蔵庫の中を物色する。チルド室には野菜がいくつかラップに包まれており、下の冷凍庫には冷凍チャーハンやラーメンなど簡単にレンチン出来るものがある。

 最近、ずっと雨が続いていたので、冷凍ものばかり食べていた気がする。今日は冷凍ものの気分じゃないと冷蔵庫をそっと閉じた。

 窓の外を見ると雨は上がっている、いまなら外出も出来そうだ。僕は上着のポケットに財布を入れスマートフォンを片手に外に出掛けることにした。


 近隣の家も街路樹も道路も車も全部水浸しだ。幸い雨は上がっていてすれ違う人だけが濡れていない。

 住宅街から少し歩き繁華街へと出る。煌びやかなネオンが僕を迎える。

 繁華街に出た途端、人通りが急激に増えた。傘をコツコツと杖代わりにある老人、通話をしながら歩くサラリーマン、コンビニでたむろする若者たち、その様相は実に様々だ。皆、久しぶりの晴れ間を喜んでいるようにも見えた。

 今日は外食するか、それともスーパーで何か探すか。僕の腹は何腹だろうか。

 牛丼屋、ファストフード、ファミレス、居酒屋、どれも魅力的だ。さすがに居酒屋は入れないが、自宅から徒歩五分ほどでこの繁華街へ出られる、本当に立地が良い場所に我が家がある。さらに高校も徒歩で行くことが出来る。まあ高校は歩いて行けるところをわざと選んだってのもあるが、その点は両親に感謝している。

 不自由なく暮らせているし、別にお金に困っている訳でも無い。アルバイトはしていたけれど、学校が終わって家に帰っても誰も居ないし、休日に両親は家を空ける事が多い。一人で過ごす時間があまりに多いため、空いた時間でアルバイトでもしようと始めたまでだ。今は里奈のカウントダウンが気がかりなので辞めてしまったが、今回の件が終われば、また初めてもいいのかもしれない。


 今日の夕飯に悩んだ挙句、スーパーで総菜を買って帰ることに決めた。雨は降っていないし、天気予報では明日の朝まで晴れ間が広がるらしいが正直完全に信じる事は出来ない。せめて僕が家に帰るまでは降らないで欲しい。

 ふと里奈のことを思い出す。そういえば、この時間はいつもLINEをしている。

 里奈とはここ最近ずっと仲が良いと思う、視聴覚室での昼休みも毎日続いているし、他愛のない会話も増えて来たし、二人の距離が近くなった気がする。このままカウントダウンさえ止まってくれれば、僕が憧れた普通のカップルとして過ごせるだろう。

 僕はスマートフォンを取り出し里奈にLINEを送る。『いま、なにしてる?』と短く打った。里奈の家は夕飯が早い。大体七時には食べ始め最低でも八時には食べ終わっている。

 里奈の話では、ご両親がいつも晩酌をするので、早めに食事を済ますとのことだ。

 そのため、この時間には食事を終えており勉強していたり、テレビを観ていたりすることが多い。すぐに返信が返ってくだろうと思っていた。


 僕は近場のスーパーへ行き、プラスチックのカゴを持ち、スマートフォンを握りしめ総菜品を物色した。

 里奈からの返信は無い。シャワーでも浴びているのか、それももう寝てしまったのだろうか。そのうち何かしら返信が来るだろう。僕はそう思い、パックに入ったきんぴらごぼうに手を伸ばそうとしたが、若い店員が割引シールを張る姿を見て、もう少し待ってみようと思った。けち臭いと思われるかもしれないが、ちょっと待つだけで割り引かれるのを定額で買う必要はない。


 しばらくして目の前の総菜品たちに安売りのシールが貼り終えられた。十%引きの親子丼、二十%引きナポリタン。実に悩ましい。そんなとき僕は握りしめたスマートフォンに見る。

 時間は午後八時半を過ぎたところ、僕がLINEを送って既に十分が経過していた。LINEの返信が無いことぐらいで心配し過ぎだと思う。けれど、忘れてはいけない。里奈のカウントダウンは未だに点滅状態のままだ。いつ動き出してもおかしくはない。

 LINEを送ってから十五分が経過した。時間が刻一刻と進み、僕はいよいよ心配になりスーパーでの買い物そっちのけで、里奈に電話をかけた。


 ……。

 …………。

 ……出ない。

 現在の時刻は午後八時四十六分、寝るには早すぎるしシャワーなら遅すぎる。長風呂をするタイプの人間じゃないし、そもそも里奈は朝に浴びる派だ。家に居ながら十五分もスマートフォンを触らないことなんてあり得るのだろうか。

 普通の人なら十分あり得る、けれど毎日この時間は、里奈と連絡を取り合っている。寝るまでずっとだ。


 これはおかしい。電話をかけても繋がらない。LINEの返信も無い、既読も付かない。


 まさかまたカウントダウンが動き出したのか。 

 僕は得も言われぬ不安に襲われ、結局何も買わずにスーパーを出た。

 その足で駅に向かう。その間も電話をかけ続ける。しかし一向に繋がる様子も無い。なんだ、何が起きているんだ。


 僕は通話ボタンを押し、里奈とは別のとある人間へ電話をかけた。

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