6-2 仮説

「僕が里奈の危険因子……?」

「今までの出来事を総合的に判断すると、あり得ない話じゃない」

「ひどいじゃないですか田沼さん……」


 僕はがっくりと肩を落とした。けれど心の底ではなんとなくわかっていた。敢えて気づかないフリをしていたと言っていい。僕がもし里奈に近づかなければ、カウントダウンがみえることも無く、始まる事も無く、彼女は無事で居たかもしれない。それをいざ指摘されたことが本当に辛い。出来るなら二人に気づかれずにそっとしておいてほしかった。

 けれど、僕は彼女が好きだ。今も大好きだ。この気持ちをずっと抱えて、伝えきれないまま過ごした方が良かったと言うのか。彼女の幸せを願っていたなら、僕は身を引く事が正解だったって言うのか。どうして神様ってやつはこうも残酷なんだ。

 僕を気遣ってか田沼も井上も口を開かない。


「……やっぱり僕がトリガーだったんですね」

「直斗君、そう落ち込むな。田沼さんが言っているのは、そういう可能性だという話だ。そうだろ? 田沼さん」


 井上も立ち上がり僕の肩に手を置いた。


「ええ、根拠はありません。あくまでも仮説です、確かめる方法も無いですし。しかし俺はそうだと思っています。直斗君、君には辛い話だろうけど、そう悲観ばかりもしていられない。なぜなら既にカウントダウンは動き出している。今はただ点滅・休眠しているだけだからな」

「わかってます」


 頭ではわかっていても、気持ちの整理がつかない。どうして頭と気持ちは一緒じゃないのだろうか。僕がもっと利己的なら良かったと言うのか。


「しかし、十六歳の子供にゃ辛すぎる話だぜ」

「ええ」

「おっと、すまないが、そろそろ私は署に戻らなければならない。仕事も溜まってるしな。何かあればまた連絡をくれ。直斗君、出来るだけ君の力になろう」

「ありがとうございます」


 井上はそういうとリビングを出て玄関の方へ向かう、僕も重い足を動かし彼を玄関まで見送る。靴を履き、頭を少し下げた井上が、僕の肩に手を乗せた。


「なあ少年」

「はい」

「君の行動力、本当に素晴らしいと私は思っている。私にも息子がいるんだが、君の爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいだよ。彼女を絶対に助けるんだろ。私も微力ながら力を貸す。成し遂げよう」


 井上はそう言うと玄関の扉を開け漆黒の闇に消えていった。

 その後、田沼と近所のファミレスで食事をとり自宅に再び帰る頃には九時を過ぎていたが、それでもまだ両親は帰って来ていない。シャワーを浴びベッドへ横たわる。


 僕が危険因子、それは十分考えられた。

 しかしそれが一体なんだというのだ、里奈と別れればカウントダウンは止まると言うのか。いや、そんな保証は無いし、起こってしまったことを今更後悔しても遅い。なら今出来る事をするだけだ。

 むしろ彼氏彼女の関係で無ければ、送り迎えも不可能だし、休日に一緒に居ることすら難しい。そうだ、僕は間違っていない。考えるんだ、里奈を救う手段を。運命なんかに僕は負けない。

 そんなことを考えつつも、身体は正直なもので、シャワーを浴びた事による温かさと、全身に残る疲れによって、いつの間にか眠りに落ちていた。


 朝、天気はあいにくの雨。秋の長雨だと天気予報はそれを告げ、しばらくは天気が良くないとの事らしい。

 今日は日曜日、明日月曜日は文化祭の振替休日で休み。つまり二連休である。毎朝のように里奈にLINEで、まずは安否確認を取る。さすがに里奈も疲れが溜まっていたのか、返信は遅かった。

 よし、今日も彼女は無事だ。朝のこの瞬間が一番緊張する。僕が眠っている間にカウントダウンが進み、ゼロになってしまうのではないかと不安が募る。しかし以前田沼が言っていたことがある。


『外的要因のカウントダウンは、寝ている間にソレが訪れる可能性は極めて低い』


 最初聞いた時は意味が分からず説明を求めた。

 簡単に言えば、眠っている間には危険な場所に行く事も無いので安全だと言う事らしい。それを聞いて、なるほどと思った。内的要因なら話は別だが、里奈自身が眠っているなら危ないところにも行かないし、自宅に居るなら危険が発生する事も無い。

 頭はそれを理解している、けれど不安になってしまう気持ちはそれとはまた別だ。彼女に突然死が訪れない絶対の保証なんて無いのだから。


 里奈と同様に僕も文化祭の疲れが溜まっており、午前中ずっとベッドの上で過ごした。二度寝ならず三度寝をして、やっとベッドから這い出た時には既に時間は午後二時を過ぎていた。

 自室を出て一階のリビングへ向かう。喉の渇きを潤すため、キッチンに行き、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。キャップを捻り、からからになった体内へ水を一気に流し込んだ。水の一滴一滴が身体の隅々までめぐる感覚が実に心地いい。まだ寝惚けていた頭と体に水が染み渡る。良く冷えていて、いまならバケツ一杯でも簡単に飲めそうだ。『ぷはぁ!』と声が漏れる。

 ふとリビングへ視線を送る、テーブルの上にと書置きがある。恐らく両親が置いたものだろう。日曜日の午後だと言うのに、家には両親の気配が感じられない。仕事か二人で出かけたか。それほど僕と一緒に居たくないのか。まいったね、最高だよ。


 ペットボトルを片手にリビングのソファーに座る、テレビのリモコンを操作し電源を入れた。二時だと大した番組はやっていない。画面の向こうでは司会者がコメンテーターと話をしている姿がみえる。しばらくぼーっとテレビを観ていたが、何故か急につまらなくなって、結局テレビを消した。

 リビングの窓の外に視線を向けると、まだ雨が降り続いていた。里奈も今日はずっと家に引きこもると言っていたので、田沼の理論が正しいとすると、外に出なければ外的要因に出会う可能性は低い。念のためLINEで里奈へ連絡すると、やはり今日は家でゆっくり過ごすとのことだ。

 僕もスマートフォンを置き、ソファーに横たわる。ここ数週間はほぼ文化祭の準備と里奈の監視が続いていたし、身体に疲労が溜まっていたのだろう。今日は僕もゆっくり過ごすことにした。


 けれど、このときの僕は知らなかった。この状況こそが、彼女の運命をまた大きく変える事となることを。

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