6-1 危険因子

 里奈を家に送りそのまま僕らは僕の自宅へと移動した。その後、田沼と井上を自宅へと招き入れ、今日起こった事象について情報交換することをしようと考えた。

 とりあえず井上にいままでの出来事を話すために時間を使った、僕は二人に珈琲を淹れ説明を行う。井上はその都度、苦虫を潰したような渋い表情を浮かべていたが、僕の話が終わるころには理解してくれたようで、無言でぬるくなった珈琲を啜っていた。

 田沼は当初、突然現れた井上に驚きはしたが、案外すんなり受け入れ、小汚い不精髭を撫で頷きながら静かに話を聞いた。

 里奈のカウントダウンに加え、謎の点滅現象、そして夕方発現した加速現象。どれをとっても僕にははじめてのことで、上手く説明出来ている気がしなかったが、出来る限り詳細に話した。

 正直、この二人の大人の理解力には舌を巻いた。僕の話を否定する事無く、時々頷き疑問に思ったことを口に出して質問してくれた。僕にとってこんなに嬉しい事は無い。文化祭の疲れはたまっていたが、この二人と話をしていると何故か疲れよりも、謎の高揚感に抱かれ頭が冴えわたっていた。


「直斗君、親御さんはまだ帰ってこないのかい?」


 ひとしきり説明を終えて井上が口を開いた。僕はリビングにある時計に視線を向ける。時間は午後八時を過ぎていた。


「今日も遅いって言っていましたから、たぶん二人とも十時ぐらいにはなるかと」

「そうか、君も苦労してるんだな」


 二杯目の珈琲を飲み切り井上がリビングを見回す。


「しかし良い家に住んでいる。ご両親は働き者だな」

「別に、そんなんじゃないと思いますよ。きっと僕と顔を合わせたくないんだと思います」


 確かに千葉駅にも近い一軒家、正直いくらなのかは定かでは無いが、傍から見れば裕福な生活のように思える。けれど僕とって居心地はあまりよくない。僕はいつまで待っても家に帰ってこない両親に嫌気がさしていた。妹の千夏が学生寮に行った気持ちが良くわかる。

 その分、お金には不自由はしていないが、有難いようで有難くはない。僕が望んだ家族はこういうものじゃない。


「現状は良くわかった」


 少しの間があり、それを破る様に田沼が口を開いた。


「ありがとうございます」

「それを踏まえて俺の話を聞いてほしい」


 そういえば、田沼は直接僕に伝えたいことがあると言って、ここに来たことを忘れていた。


「アルバートの元主治医と電話連絡が取れてね」

「それは聞きましたが、直接会って話したいことってなんですか?」


 田沼は一瞬口ごもり、また不精髭を撫でて『ふう』と息を吐いた。


「直斗君、落ち着いて聞いてくれ」

「はい」


 いやに前置きが長いなと、井上は細い目をさらに細くしていた。


「アルバートは以前カウントダウンを止めようとした。その結果『運命の強制力』に逆らったんだ」

「健一郎さんは逆らうなと言っていたぞ」

「いや、アルバートはそれに逆らったんだ。無理矢理運命を変えようとしたんだ。いまの俺たちのようにね」

「それであの点滅現象が起こったわけですが……」

「そう、あの点滅現象の謎がわかった。やはりあれは延命によるものだったんだ」


 思った通りだ、無理矢理運命の強制力に逆らった結果、それを正そうとしてカウントダウンが点滅したのだ。


「点滅状態は、いずれ起こるまた運命まであの状態らしい」

「そうですね、カウントダウンが再び動き出したのは、あの展示物が倒れてくる寸前だったと記憶しています。偶然僕がそこに居合わせて事なきを得ましたが……。その理論で言えば、里奈はずっとあの状態ということになります」

「どうやらそうらしい」


 わかっていた、わかっていたことだが、それを言われて落ち込まない僕ではない。

 里奈が死ぬまでずっとあの状態が続くということか。


「そのカウントダウン自体を止める方法は無いのか?」


 井上が田沼に質問した、田沼は首を横に振り答えた。


「アルバートはある人間の運命を変えた、けれど四六時中一緒に居られたわけじゃない。結果、その人間は……その、亡くなったそうだ。つまり結局止められないんだ」


 田沼が口ごもった。さすがに手が無いという話だ。田沼が口ごもるのも無理もない。僕は改めてその事実を田沼の口から告げられてひどく落ち込んだ気分になった。

 もしかすると田沼はこれを知って、だからこそ直接伝えたかったのかもしれない。


「ふむ」

「助けます……何度でも」

「……それは俺も同じ気持ちだ。でも彼女を束縛も出来ない」

「彼女をどこかに閉じ込めておくか?」

「そんなこと出来るんですか?」

「出来るわけないだろう、いくら警察でもそんなことをしたら懲戒免職処分だ。それに根拠がない。君の力をみて、知った人間にしか不可能だ」


 だったら言うな。


「外的要因にさえ近づかなければ、ずっとあの状態だと思われるが、何がそれになるのか……幸い直斗君は同じ学校だし彼氏彼女の関係だ。アルバートのときとは状況が違う。より守りやすい」

「そうですね、四六時中一緒という訳には行きませんが、アルバートよりは遥かに一緒に居られると思います」

「休日はどうだ?」

「一緒に行動できるとは思うが、それこそ彼氏彼女の時間だけだな」

「はい、彼女も家族が居ます。さすがに土日ずっと一緒に居るのは不可能に近いです」


 事実、カウントダウンがはじまって出来る限り一緒に居るが、里奈が家族と出掛けたりしているときは何も出来る事は無い。その都度LINEで連絡を取り合っていただけだ。


「むしろ、家族と一緒に出掛けている最中の方が危険なのかもしれないな。井上さん、その間だけでも警察の方で警護出来たりしませんか?」

「おいおい田沼さん、無茶言うな。私個人ならいざ知らず、警官を動かすのは無理だ」

「そうですよね……」


 ずっと一緒には居られない、それに里奈は再び警戒し出している。僕がおかしな人間だとまた思い始めている。何故わかってくれなんだ。僕は君を助けたいだけなのに。

 重い空気がリビングに漂う。そんなとき、井上が口を開いた。


「なあ、彼女のカウントダウンはどうしてはじまったんだ? いや、いつはじまったんだ?」

「なにか思いついたんですか?」

「いや、職業病でね。捜査で行き詰まるとまた一から見直すんだ。いつ、なぜ、どこで起こったのかとね」


 なるほど、そういうことか。ただあまり意味はないようにも思える。とはいえ否定しても始まらない。僕は正直に答えることにした。


「一ヶ月ほど前の合宿観測のすぐ後だと思います」

「はじまった瞬間は見ていないんだな?」

「はい、僕と田沼さんで逆算はしましたが、一ヶ月前の日曜日、午後七時五十分にスタートしたと思います」

「合宿の最中には動いていなかったんだよな?」

「はい」


 これじゃまるで事情聴取だ。職業柄こういうことを何度も聞くのだろう。間髪入れず井上が質問をしてくる。


「そうか、彼女の危険因子は一体なんだったんだろうな……?」

「それは佐藤……」

「いや、君らの理論で言えば、佐藤少年はただの外的要因のひとつなんじゃないか?」

「え?」

「んんん⁉」


 田沼がいきなり大きな声をあげた。


「ど、どうしたんですか」

「いや……すまん。でも……いやしかし……」


 田沼がひとりでブツブツと言いながら頭を手で抑えた。


「待てよ……いや……。佐藤が外的要因じゃなかったとしたら、いや違う、彼は外的要因だ。しかしそれはひとつのピースにすぎないとしたら……俺たちはずっと佐藤が危険因子だと思っていたが、だがそうじゃないとしたら」

「田沼さん、何を言っているんですか」

「そうだ! 直斗君! パズルのピースなんだよ佐藤は!」


 リビングのテーブルを囲んで座る田沼がひとり立ち上がった。


「だから、一体なんだと言うんですか」

「だから! 佐藤はただの外的要因なんだ!」

「知ってますよ。だからそれを取り除いたじゃないですか」

「違う違う! そうだ……何故こんな簡単なことに気づけなかったんだ……。最初だ、最初のキッカケなんだ」

「最初のキッカケ?」

「そう! そうだよ直斗君! もし彼女の運命がそのキッカケで変わったとしたら?」

「ごめんなさい、田沼さんの言っている意味が理解出来ません」


 僕は井上を見る、井上も何かに気が付いた様子で両腕を組み黙り込んでしまった。


「キッカケだ……キッカケ……その日彼女に……起こったこと……。 ああ⁉」


 田沼が僕を見て、目を見開いた。何か到達点に辿り着いた表情。一方の僕は何のことかさっぱりわからない。ただ目を見開く田沼をジッと見ていた。


「なんてことだ。そういうことだったのか……ずっとわからなかった。どうして彼女のカウントダウンがはじまったのか」

「田沼さん、一体なんなんですか⁉」

「たぶん私と同じことを考えているのさ」

「どういうことなんですか?」

「彼女の運命がその日変わったんだ。良く思い出してくれ。その日彼女に何が起こった」

「その日の里奈……? その日は合宿観測の二日目で、ただ帰っただけですよ」

「そうじゃないだろ、そうじゃないだろ直斗君! 彼女に変化があったじゃないか!」

「変化?」

「そうだ、彼女の運命が大きく変わる出来事があったじゃないか!」

「カウントダウンがはじまりました」

「違う、その前だ。カウントダウンの前。彼女はそこで変わったんだ!」

「カウントダウンの前……午後八時前……僕とLINEをしていて……」

「その前!」


 田沼は声を荒げる。


「電車で千葉に帰ってきて」

「もう少し前」

「合宿所を出て」

「もう少し」

「朝起きてミーティングをして」

「もう少し前だ」

「寝ていました。そこで一日がはじまってますよ」

「違うだろ、日付が変わる頃、彼女はどこに居た!」

「え、日付が変わる頃」

「君が、言ったんだろ。彼女の運命を変える事を」

「⁉」


 そうか、そういう事だったのか。彼女の運命を大きく変えた出来事。それまではただの先輩と後輩だった関係、その日を境に一気に二人は親しくなった。あの日の夜、僕は彼女にあることを言い、彼女はそれを受け入れた。そして僕と里奈は彼氏彼女の関係になったんだ。


「僕が……里奈に告白した」

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