4-1 事情聴取
夜の住宅地に響くサイレンの音、田沼が呼んだパトカーと救急車は程なく到着し、無事佐藤は警察官に逮捕され、田沼には応急処置が施され病院に運ばれた。
救急隊員から田沼の傷は内臓までは達しておらず、命に別状はないと聞かされた僕らはホッと胸を撫で下ろした。
僕と里奈も駆け付けた救急車に乗り込み手当てを受ける、幸いな事に里奈に目立った外傷はなく、僕も鼻血が出た程度の怪我で済んだ。
病院に搬送される前に田沼が言った。
『俺のカウントダウンはみえているか』と。僕は首を横に振り返した。田沼はへへっと笑っていたが、笑うと傷口が開くと救急隊員に怒られていた。
応急処置が済んだ僕と里奈はパトカーに乗り込み簡単な事情聴取を受けた。その後、里奈の両親が駆け付け、里奈とその両親は抱き合って涙を流して泣いていた。勿論、足元には今回の功労者であるショコラの姿もあったのは言うまでもない。
こうして閑静な住宅街の公園で起きた凶行事件は未遂に終わった。
僕らは救急車に乗り込み、念のため病院に行くこととなった。里奈とは別々の救急車だったが僕は別れ際彼女の頭上を何度も確認していた。
もう、彼女の頭上にあの忌々しいデジタル表示はない。僕は消毒液の匂いのする救急車の中で一人思った。これで終わったのだと。
無事、里奈を救いカウントダウンを止める事が出来たのだと。
病院に到着し、里奈は両親と共に別室へ行き、僕も別の部屋に通され、医師から診察を受ける。
「鼻骨は折れていませんし、鼻血も止まっています。これなら数日で治りますよ」
と医師から告げられた。鼻に絆創膏を張られ、少し手で触れる。まだズキズキと鼻は痛むが針のような痛みはない。思っていたよりは軽傷で済んで僕は胸を撫で下ろした。
そして僕は医師に頭を下げ診察を出た。里奈の事を思い出し彼女の姿を探す。彼女は僕より軽傷なので既に治療を終えているはずだ。
ふと奥の待合室に視線を送ると、刑事と思わしき何人かの男と話す里奈の姿を見つける。初老の男性と若い男が二人、里奈を囲んで話をしていた。近くには里奈の両親の姿も見える。
あれが事情聴取というやつか。
そんな時、その中の一人の男性が僕を見つけ近づいて来る。
「織部直斗くんだね?」
「……はい」
ヨレヨレの背広を着た初老の男性が僕に話しかけて来た。
「千葉県警の刑事で井上と言います。今回起きた件、いくつか質問したい事があるんですが少し時間宜しいですかね?」
初老の刑事はそういうと胸ポケットから警察手帳を見せ開く。刑事ドラマでも見るやつだ。ちゃんと手帳を開いて顔写真を見せるんだな。僕は初老の放つ独特の雰囲気に気おされて少し緊張した。表情は硬く目がギラっと僕を見つめている。どんな些細な事も見逃さない、そう思わせる。これが刑事の迫力か。
「今日は凄い活躍だったね。君のような高校生に会えて私は嬉しいよ」
初老の刑事がニコッと笑う。そして僕の肩に手を乗せ、先ほどまであった硬い表情が一気に緩み満面の笑みを浮かべた。僕はその表情に驚き強張っていた身体の糸が少し解れた。
「いやーなかなか居ないよ。大したものだ。最近見かけない勇気ある若者だよ」
「え、え、いや……」
「はっはっは、そう謙遜する事は無い。誇っていい事だと私は思うよ。彼女の危機を救った。こんな事なかなか出来るものじゃない」
井上刑事が僕の肩をポンポンと優しく叩く。周りに来た若い刑事も笑顔で僕を見ている。
「必死でした。里奈が……あ、沢口先輩が殺されるんじゃないかって」
「うん、そうだろう。相手はまだ凶器を隠し持っていたかもしれないのによくぞ立ち向かった! 偉いよ織部君」
僕は一瞬ハッとした。初老の刑事が言った言葉。『まだ凶器を隠し持っていたかもしれない』僕はその可能性を視野に入れていなかった。凶器に使われた出刃包丁は田沼の腹に刺さり、佐藤は無防備だった。
確かに言われてはじめて気づく。その可能性もあったと言う事。
「いやー、凄いね! でも聞かせてくれないかな。どうしてあの場所に居たのか」
「え……」
「いやね、佐藤少年と沢口里奈さんから色々聞かせてもらったよ。沢口里奈さんのピンチを救ったのは紛れもない君の勇気だ。けれど一つ腑に落ちないんだよ。どうしてあそこに君と田沼雄二さんが居たのかが」
突然何を言い出すかと思えば、いきなりその質問なのか。他にもっと聞く事があるだろう。事情聴取ってこんなにも唐突なものなのか。
「私は気になったらなかなか眠れない性分でね。何、君を疑っている訳じゃない。現に君は彼女を救ったんだからね。さしずめお姫様のピンチに駆け付けた王子様のようだよ」
里奈のカウントダウンが見えていたからと正直に答えても、到底この刑事は信じてくれないだろう、それに余計に疑われてしまう。
「な、なにが言いたいんですか?」
「いやいやいや、君の家は千葉市の中央区だろ。あの公園からはかなりの距離がある。散歩にしちゃ遠出過ぎないかと思ってね。彼女から聞いたんだが、一緒に居た田沼雄二さん、君の遠い親戚らしいじゃないか。どうしてあの公園に二人居たんだい」
「そ、それは……」
彼女の命が潰える事を阻止するためだ。
「彼女が佐藤に狙われているんじゃないかと思いまして……」
僕はある一点を除き、正直に話をした。
以前から天文部の先輩である佐藤は里奈にしつこく言い寄ってきており、只ならぬ雰囲気を感じていた。そして土曜日の合宿でも同じような事が起こった。
僕は悪い予感が的中しないように田沼に協力を依頼し、里奈の跡をつけた。そこに最悪な事に佐藤が凶行に及び、それで助けたという話だ。
この際、勿論里奈と付き合っている事を念押しをした。彼氏なら彼女を心配する事は想像しやすい。
「なるほどね、出来た彼氏だな君は。で、君のその悪い予感が的中したわけだ」
嘘は言っていない。すべて本当の事だ。
僕が『みえるひと』である以外は。それを話したところで田沼以外の大人が信じられるはずもない。この人のように僕を疑ってくるような大人は本当に大嫌いだ。
「うんうん、本当に大した洞察力と直感だ。君は刑事に向いているかもしれないな。はっはっは」
「い、いやぁ……」
胡散臭い、奥歯に何かつかえたものの言い方のように感じられる。実にイライラさせる。何が言いたいんだ。僕になんと言って欲しいんだ。
「それで、君と田沼雄二さんは親戚なのかい?」
「え……」
僕は肝心な事を忘れていた。僕と田沼が親戚であるという嘘を里奈についていたのだ。
僕はその点を考慮に入れず正直に話していた。どうすれば何事も無く話を終えられるのか、この場を切り抜けられるのか。
この際正直に『みえるひと』の力を話してしまおうか、いやこの大人は絶対に僕の言う事を信じてくれない。頭のおかしい高校生がもう一人居ると思うだけだ。しかし調べればすぐにこんな嘘バレてしまう。そんな事を考えていたその時、待合室に隣接する受付の方から僕を呼ぶ声が聞こえた。
「直斗!」
「お兄ちゃん!」
僕は声のする方向へ振り向くとそこには僕の両親と千夏が立っていた。三人は着の身着のままにこちらに駆けつけたのか、両親はスーツ姿、千夏はパーカーと短パンというラフな格好だった。
「おや、ご両親ですか。では私どもはこれで失礼します。また近々お話を聞かせてください。あ、そうだ名刺を渡しておきます。何はともあれ、今日はゆっくりとお休みください」
井上刑事はそういうと頭を少し下げ、ポケットから名刺を取り出し僕に差し出す。そして診察室の方へとひとり消えていった。
あの井上という刑事、物腰は穏やかだが人とイライラさせる天才かもしれない。僕が思う大嫌いな大人ランキングの一人に見事ランクインしてしまった。
一方、両親と千夏が僕の元へ来て色々と質問攻め。
それでも僕が無事で何よりだと、涙を流してくれた。『みえるひと』の力は信じてくれなくても、心配はしてくれていると正直嬉しかった。
田沼は負傷したものの里奈のカウントダウンは止まり、外的要因である佐藤は警察によって身柄を拘束された。
これで里奈は助かったのだ。この時の僕は不思議な高揚感に包まれていた。しかし後にこれはまだ物語の途中だと気付く。
そうまだ終わっていなかったのだ。
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